二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
 同居生活の最初の数日は、涼は香澄のために何もできなかった。
 というのも、涼は、リモートワークが可能とは言え、オフィスでの打ち合わせや裁判など、すでに決まっていた予定をこなすため、朝早くから夜遅くまで外出する日々が続いてしまっていたから。
 香澄の家に帰ってくる頃は、どんなに自分の能力を最大限にフル稼働させても夜9時を過ぎることはしょっちゅう。そしてその時間帯、香澄はいつも自室に入ったきりで、決してリビングには降りてこようとしない。
 ほんの少しでも顔が見たい……と思い、何度か「体調が心配」という理由で声をかけようと、涼は香澄の部屋の前に立ったが、その度に

「香澄は寝てるのよ」
「今香澄、原稿中だから邪魔しないで」
「ストーカーのようにつきまとうな、とっととこっちで寝て」

 まるで見張りのように和室にいた拓人に止められる日々。
 一方の拓人は、ノートPC1つあれば、基本どこでもできる仕事。
 それでいて、香澄と同業。
 
(拓人は、香澄と一緒の空間で仕事をしてるんじゃないだろうか……もしそうだったら羨ましい……)

 涼は毎日、ヤキモキしていた。
 そんな日々を耐えに耐え抜いてから、初めての土日がやってきた。
 急な呼び出しがなければ、1日中香澄の家にいられる。
 涼は、少しでも香澄の役に立てればと、拓人が目覚めるよりずっと早い、朝4時に起きた。
 それからシャワーを浴びて、さっと執事の服に着替えてからリビングで朝食を作ってみることにした。
 香澄に会えない間、つわりにきく食べ物や飲み物を、涼は徹底してリサーチをしており、今日はそれらを振る舞うつもりでいたのだ。
 まずは手始めに、おかゆ。それからいちごやみかんも千●屋で買ったとっておきのものをすでに確保してある。

(自分のための料理なんて、あまり面白いものじゃないと思っていたけど……)

 この間自分がくんできた水を飲んでくれた香澄を思い出すだけで、涼は嬉しくなっていた。
 自分が与えるものを、好きでたまらない女の子が受け取ってくれる。
 たったそれだけが、自分を幸せにしてくれる。
 香澄の初体験が自分であったと同時に、涼にとっての初体験も、次から次へと香澄から与えられることが、たまらなく涼は嬉しかった。

「よし……米の研ぎ方は……」

 と、スマホをいじり始めた時だった。
 どたばたと、階段を駆け降りる音がした。
 それから、リビングには入らず別の扉が開く音がした。

「香澄……?」

 涼は、嫌な予感がした。
 急いで、米を研いでいたボウルを置いて、涼は音がした方へと走った。
 すると……。

「か、香澄……!?」

 香澄が、トイレの地べたで、ぐったり座り込んでいた。

「香澄!香澄……!?大丈夫か……!?」

(まさか、毎日こんな状態だったのか……?)

「拓人のやつ……こんなになるまで放っておいたのか……!?」
 
 涼が、香澄を抱きかかえようとした時だった。
 香澄が、か細い声で涼にお願いをしたのは。

「私は大丈夫ですから……あちらに行っててもらえますか……?」
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