二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
 涼と拓人は、それからすぐ香澄の部屋まで駆け上がった。
 涼は、香澄にだけは嫌われたくないということもあり、自分から扉を開けることはなかった。
 一方で拓人はと言えば……

「香澄ー!!起きてるんでしょう!!?」

 普段は絶対に出さないような野太い声で香澄を呼びながら、ノックもせずに扉を開けた。
 それが許される関係性であることが、涼をまた悔しくさせる。
 涼が香澄の部屋に入るのは、初日……倒れた香澄をベッドに寝かせて添い寝した時以降、これで2度目だ。
 香澄は、ノートPCを開け、ノートに広げ、右手にボールペンを持ったまま苦しそうに突っ伏していた。

「香澄!目を開けなさい!」

 拓人は、声とは反対に、香澄の体には優しく触れた。

「…………なんですか……?」

 感情のない声で、香澄が囁く。

「今、せっかく脳の中でストーリー考えて、いいところまできたのに……先輩のせいで全部消えたじゃないですか」
「あなたの仕事は、一旦私が巻き取ってるはずでしょう!?どうして横になってないの!」

 香澄は、俯いたまま答えない。
 拓人は、ちらとPCの液晶画面を見た。

「まさかあなた……WEB小説の作業してたんじゃないでしょうね」

 香澄は、何も答えない。

「いいわよ。調べるから」

 拓人が自分のスマホを取り出すとすぐに、香澄は体を起こして拓人を見た。

「やめてください!」
「ということは、やっぱりしてたのね。更新」
「それは……だって……」

 涼は、2人が何のことを話しているか分からず、静観するしかできない。

「だっても何も、たった1週間更新しないくらいで、ついた読者は離れたりしないわよ」
「……別に……それだけじゃ……」
「じゃあ、何?」

 その時だった。
 俯いていた香澄がちらと、涼を見たのは。
 自分に助けを求めたのかと一瞬思ったが、でも違った。
 そういう視線じゃないことくらいは、涼でも察しはつく。
 香澄は、目線を泳がせながら、何かを言いたそうに口をもごつかせている。
 そんな香澄の様子を見た拓人が、机から1冊ノートを奪った。
 涼も見覚えがあるものだった。

「返してください!」

 香澄は、拓人が手にしたノートを奪おうと手を伸ばす。
 でも拓人は、それを「兄貴!」と涼に渡した。
 涼は、受け取ったノートと香澄を見比べながら迷った。
 香澄は今、真剣な目で涼を……ではなくノートを見つめている。
 このノートを返せば、香澄は涼に感謝をするだろう。
 そしたら、涼への好感度も上がるのは間違いない。
 涼の頭の中の天秤が傾きそうになった。
 だが、拓人の切羽詰まった様子からも、このノートを戻してはダメなことは伝わった。
 だから代わりに

「ごめんね」

 と謝った。
 泣きそうになる香澄を見ながら、涼は大きな罪悪感を覚えた。
 たった小さなノートで、自分がこんな気持ちになるなんて、涼はまた香澄から初めてを与えられてしまった。

「それで、香澄。私が怒ってる理由、わかるわよね」
「…………仕事サボって小説書いてたからですか?」

 拗ねた口調の香澄も可愛いと思うのは、もう涼の惚れた弱みだった。

「違うわよ。これよ」

 香澄の前に、薬の袋を拓人は投げた。

「自分の体の状態、分かってるわよね」
「それは……」
「妊娠してること、必ず聞かれるでしょ」
「…………はい…………」
「言ったら、こんな薬処方されるはずないの、知らないわけじゃないでしょ?」
「それは………………」

 拓人は、ちらと涼を見た。
 とても鋭い視線で。
 そんな涼を見たことはなかった。

「私、別にこいつのこと嫌いだけど」

(今それを言うことか?)

「でも流石にこのタイミングで、こいつに相談なしであなたがしたことは、決して許されることじゃないわよ」
「おい、拓人お前何言って」
「兄貴は黙って。ねえ香澄。…………まさか、この薬を飲めば勝手に赤ちゃんが死んでくれるなんて思ったわけじゃないでしょう?そんなひどいことまでは、考えてないわよね?」
「っ……!?」

 涼は、拓人の口から出てきた言葉に絶句した。
 香澄は、肯定も否定もせず、ただじっと薬の袋を見ているだけだった。
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