二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
「何とか言ったらどうなの?言えないなら、さっさと寝なさいよ」

 拓人が、冷静さを欠いたように、矢継ぎ早に香澄に反応を迫る。
 すると、香澄がほんの微かに笑った。

「先輩は、何も知らないんですね」

 涼は、香澄の声に驚いた。
 こんな低くて冷たい香澄の声を、涼は聞いたことがなかったから。

「……何ですって?」
「別に、妊婦だからって……薬飲んじゃいけないことはないんですよ。ネット見ればわかるじゃないですか」
「っ!?」

 拓人は、香澄にそう言われてから急いでスマホで検索した。
 何も言わないが「確かにそうだけど」と言いたげな表情に拓人が変わったのは、涼にも分かった。
 それは、香澄も同じだったのだろう。再び小さく微笑してから、香澄はまた言葉を重ねてきた。

「らしくないですよ、先輩。普段なら、ちゃんと調査するじゃないですか。私にもそうしろって言うし」
「……私が言いたいのはそう言うことじゃないって、あなた分かってるんじゃないの?この薬の袋を見ただけで、私がここまであなたに怒ってる理由も」

(どういうことだ?)

 確かに冷静になれば、薬の件もただ袋があっただけだ。
 涼がショックだったのは、自分が連れて行こうと声をかける前に、勝手に知らない間に香澄が一人で病院に行ってしまったこと……つまり、自分を頼ってはくれなかったと言う事実だった。
 でも、それについて涼が感じてるのは怒りではなく焦り。
 ところが拓人は先に怒りがきている。
 
(拓人は、香澄の何を知っているんだろう?)

 また、そう言う考えが、涼を焦らせるが、今は拓人と香澄のやりとりを見守るしかできなかった。
 それしかできない自分が、虚しいとも涼は思った。

「もう休みます。それならいいんですか?」
「香澄」
「分かりましたから、ノート返してください」
「ダメよ。これ返すと、あなた寝ながら作業するから。明日の昼、ちゃんと返してあげる。ただし今日のことを説明してもらった後で」

 香澄は、余裕のない顔で拓人だけを睨みつけたが、体力的に限界だったのか

「わかりました、もう寝ますから、部屋出ていってもらえますか?」

 とか細い声で囁いた。
 
「行くわよ、兄貴」

 拓人は、涼の腕を掴み、ノートを抱えたまま香澄の部屋を出て、そのまま寝泊まりしている和室まで涼を連れ込んだ。

「はぁ……」

 このままだと香澄の部屋まで届くんじゃないかという程、大きなため息を拓人はつきながら、布団の上にあぐらをかいた。
 そんな風に男が出てくる拓人もまた、涼は久しぶりに見た気がする。

「あの子の頑固さ、一体誰に似たのかしら……写真を見る限りお父様じゃなさそうだけど……」

 拓人は綺麗に整えられていたはずの髪をガシガシかいた。

「お前、何であそこまで香澄に怒るんだ?」

 涼は、率直に疑問をぶつけた。
 聞き出すための戦略、とかそんな悠長なことをもう考えられないくらい、涼は混乱していた。
 それは、拓人の言葉でどうしても腑に落ちないところがあったから。

「この薬を飲めば勝手に赤ちゃんが死んでくれるなんてって、お前言ったな」
「言ったわよ」
「薬を飲むと言えば、生まれた後の異常を心配するのが普通だ」

 実際涼は、そう言う医療訴訟の現場にも立ち会ったことはある。涼が心配したのは真っ先に異常の方だったのだ。

「でもお前は違う。何もかもすっ飛ばして、赤ちゃんが死ぬと断言した。……何故だ」
「そう。それは私の失言だったわね」
「お前のその失言は……香澄に関係があるのか?」

 拓人は、涼の質問を聞いてからしばらく、香澄から回収したノートの表紙を見つめていた。
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