二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
 涼が香澄を近くの産婦人科に連れていくと、すぐに香澄の入院が決まった。
 妊娠悪阻と診断された。
 医者からは

「このまま放置していたら、奥様の命が危なかったかもしれないんですよ!」

 と、診察室で強く説教された。
 ちなみに執事服についてはじろじろと待合室でも見られたが、涼は人から見られ慣れていたせいで、全く気にしなかったのは別のお話——。

 そうして今、涼は香澄が眠るベッドの横で酷く落ち込んでいる。
 せめて香澄がしっかり眠れるようにと、個室ベッドの部屋にしてもらったので、今は密室で2人きり。
 涼は、ますます細くなった香澄の腕を見ながら、改めて考えていた。
 一体今、自分が何をすれば香澄が喜ぶのだろうか。
 笑ってくれるのだろうか。
 今は、本当にそれだけでいい。
 例え自分との子供も、自分と人生を共にするも望んでいなかったとしても、それすら後回しにしてもいいと思えるくらい、涼は香澄に縋りたかった。

(僕は一体どうすれば、君を助けられるの?)

 これまで、たくさんの人の弁護をしてきた。
 その時、涼が何を考えていたかは棚上げしたとしてもちゃんと依頼は遂行した。
 その結果助けられた人もたくさんいるのも、涼はわかっていた。
 自分はそれだけの力があるはずだったのに、どうしてこうも、1番力になりたい人の助けにだけはなれないのか。
 1人で苦しませているのか。
 自分に苦しみを分けてくれないのか。
 涼は香澄のか細い手を握りしめながら考えた。
 そして、改めて思い出す。

「お父さん、ごめんなさい」

 と、子供のように泣き叫んだ香澄を。
 父親が死んだのは自分のせいであると、香澄ははっきりそう言った。

「君は、どれだけ深い傷を持っていたんだ?」

 より強く握りしめてやると、ほんの少しだがかすかに香澄が握り返してくれた。
 涼は、さらにもう片方の手も香澄に重ねて、強く握ってやる。
 冷たくなった手がこうして温まっていくように、香澄の冷えた心も自分が温められればいいのに、と願いを込めながら。
 その時、胸ポケットに仕舞われていたスマホが震えた。
 発信元は、香澄の母親。
 メッセージが送られてきた。まもなく始まる、遺産分割調停に関する内容で、最後の詰めをする打ち合わせ日程を送りつけてきた。

「そうか…………これなら僕も、香澄のためにできることがあるかもしれない……」

 涼は、依頼人の利益を最優先に考える弁護士で、そこに基本は正義は存在しない。
 だから、不利益になることはなかったことにすることもまた、涼の弁護士としての戦略の1つだった。
 この母親についても、そうしてやるつもりだった。
 それが、香澄のためになると信じていたから。
 でも……それはもしかすると、根本的に違ったのかもしれない。

「まず、話を聞こうか」

 香澄のこと。
 香澄の父親のこと。
 一体、当時に何が起きたのか。
 香澄は誰に、何をされ続けたのか。

「場合によっては……容赦しないけど……いいよね、香澄」

 涼は、香澄の額に軽いキスをしてから病室を後にした。
 自分が今、芹沢涼としてやれるかもしれないことを、ようやく見つけることができたから。 

→8.彼が与えてくれた予想外の愛情 に続く……
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