二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
「涼先生……?ここは病院じゃないですよ」
「そうだね。さっき君は退院したばかりだろう」
「そういうことじゃなくて」
「そういうことだよ。君に必要なのは、病院なんかじゃない」

 涼が香澄を連れてきたのは、2人が初めて結ばれた、あのスイートルーム。
 あの日と違うのは、あの日にはあった花がいっぱい飾られた花瓶も、ローテーブル中に広がっていたデザートビュッフェがないこと。
 そのおかげもあり、部屋は全体的に無臭だったため、香澄の体に匂いが攻撃してくることはなかった。
 その代わり、お湯がたっぷり入っているであろう電気ポットとティーセットが2人分、そして妊娠中でも飲めるお茶のティーバッグが数種類準備されていた。

「さ、座って」

 涼は、オフホワイトのソファーに香澄を座らせる。
 ふかふかなソファの質感は、あの日と同じだった。
 涼も、香澄の横に座る。
 でも、あの日と違うのは涼と香澄の距離。
 あの日は、ほんの少しだけ距離があった。
 1番近かったのは、手でも足でも胸でもなく、香りだった。
 でも、今は違う。
 涼の手は香澄の手をしっかりと握りしめている。
 涼の太ももは香澄の太ももと触れ合っており、香澄の頭は涼の胸にすっぽりとおさまっている。
 涼の香りも、ずっと近くにある。
 香澄は、その全てを心地よく感じた一方で、どんどん罪悪感が募っていく。

「離してください……」
「ダメ」
「どうしてこんなことをするんですか」
「こうしたいから」

 そう言いながら、涼は香澄の頭を撫でる。
 香澄の髪は、入院中決まった日にしか洗わなかったので、ギトギトに汚れている。
 そんな髪に、涼に触れさせるのも、香澄は申し訳なかった。

「汚いから、触らないでください」
「今は香澄の言うことは聞かないよ」
「どうして……ですか……」
「だって、香澄の言うことを聞くと、香澄を傷つけることになるからね」

 そう言うと、涼は手を香澄の頬に持っていき、そのまま自分の方に向けさせた。
 決して香澄がよそ見をしないように。
 そして言う。

「香澄。覚えてる?あのクリスマスイブの日。君はこう言ったんだ。恋愛できる魔法にかかりたいと」

 覚えている。
 そして香澄は、ずっと後悔をしていた。
 自分がそんなことを言わなければ、赤ちゃんなんかできなかったはずなのに。
 目の前の美しい人に、自分なんかのことで煩わせることなんかなかったのに、と。

「その目の動きは、覚えてるってことだね」

 香澄は悟った。
 この人の前では、嘘がつけないと。
 でも素直に頷くことも、やはりできなかった。

「いいよ。何も言わなくてもいいし、しなくてもいい。ただ、今僕から逃げないでくれれば」

 そう言うと、涼は香澄の手をぎゅっと握りなおす。

「君に必要なのは、恋愛できる魔法じゃなかった。君が、君自身を好きになる魔法だ」
「……え?」

(私が……私を好きに……?)

「君がどれだけ愛されるにふさわしいか、僕がじっくり教えてあげる。だから……」

 涼の唇が、少しずつ香澄の唇に近づいていく。
 何を意味しているか、香澄にはもう分かっていた。
 それを受け取るに相応しくない自分だと分かっていても、香澄は突き飛ばすことができない。

「そのまま、僕を受け入れて。まずはそこから始めよう」

 涼と香澄の唇は、そのまま重なった。
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