二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
「さあ、もう時間だ。ロビーに行こう」

 そう言われ、リョウに肩を抱かれながらスイートルームの外に出た香澄は、一刻も早くこの現実の差から逃げ出したくて仕方がなかった。
 
(なんてみすぼらしいんだろう、私は)

 リョウの体温と香りは、確かに香澄に極上の幸福感をもたらしてくれていた。
 けれども、彼の真横に立たされ、一歩ずつ歩かされる度に、香澄の羞恥心は増していった。
 誰かとすれ違う度に向けられる視線は、まるでナイフのように香澄の肉体に容赦なく突き刺さってくる気がした。
 その結果、目眩と吐き気が止まらなくなっていった。
 そしてロビーに連れられた時には、もう限界に来ていた香澄は

「ここで待ってて」

 とリョウが言ったことも忘れて、リョウが離れた瞬間にトイレに駆け込んだのだ。
 なけなしの理性で、お金と一言メモだけはどうにか残すことはできたけれども。
 誰にも、これ以上リョウと自分が並んでいるのを見られたくない。
 この苦しさと虚しさから脱出したい。
 もう、それだけがあの時は頭を占めていたのだ。
 これが、今朝の香澄の真実だった。

 きっとこの気持ちは、同じ経験をした人にしか分からないだろうとも、香澄は話しながら諦めてもいた。
 理解してくれとは恐れ多くて言えないと分かっていた。
 でも、八島には何となく知っておいて欲しかった。
 それくらい、自分にとってはこの出来事が命懸けの大冒険であったことを。
 その思いが伝わったのだろうか。
 香澄が話し終えてから少し経ち、スピーカーから聞こえてきたのは

「よく頑張ったのね」

 という、優しい八島の声だった。
 香澄は、大きなため息と共に、自分の目から涙がこぼれるのが分かった。
 安堵の涙だったのか。
 リョウと2度と会えないかもしれないという、寂しさの涙だったのか。
 この時の香澄には、区別はつかなかった。
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