二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
「来週、弁護士さんのところ行くんだけど、当然香澄ちゃんも付き合ってくれるでしょ!?」

(またその話か)

 香澄は、胸がムカムカしてくるのを抑えるために用意していたペットボトルの水で口の中を冷やしながら、冷静に母親の話を聞けるように努めた。

「……お母さんの再婚相手の遺産相続トラブル、私には関係ないでしょ?」
「こら!再婚相手って言い方はやめなさいって言ったでしょ!あなたのお義父さんだったんだから」

(私のお父さんは、お父さんだけだし)

「それなのに、お葬式に顔も出さないで……」
「1回しか会ってない人を義父だと思えないって言ったでしょ。それにお香典は送ったじゃん」

(そのおかげで、先月のお給料切り詰めるための自炊が特に大変だったのに……)

「全く、常識がないのね」
「……は?」
「家族の香典なんだから、1万円とかあり得ないでしょう!10万は寄越しなさい!」
「何それ」

(……結局、お金の無心?)

「要件はそれだけ?」

(こっちだって、大変なのに)

 香澄が今どんな体調なのか……だけではない。
 どんな思いでこの数年生きてきたかを母親は知らないのに、母親はまるで自分を悲劇のヒロインであるように振る舞いながら、香澄に無意識の毒を振り撒いてきた。
 今も。そして、引きこもる最大のきっかけになった数年前でさえ。

「こっちも余裕ないんだから、切るよ」
「あー待ってー香澄ちゃんーお母さんほんっとうに困ってるのよ。せめて来週の弁護士さんだけは」
「そちらの、元奥さんとお子さんと一緒に行けばいいじゃない。そっちの方がよっぽど話が早いと思うけど」
「ダメ!ダメよ!あんな女狐と子狸!私から遺産を奪おうと必死なのは知ってるんだから」
「その表現は流石に失礼すぎると思うけど」

(私はむしろ、その女狐さんと子狸さんの方に同情する)

 母親が、どんな成り行きで、先日ポックリと脳溢血で死んだという男性と再婚したのかを香澄は嫌というほど知っていたので、できれば被害者側の女狐さん側の味方につきたいと思ったくらいだ。
 そんなことを言おうものなら

「あんたを痛い思いをして産んでやったのは誰よー!!」

 などとヒステリーを起こされかねないので、香澄は出てきそうになる数々の妄言をもう1度ペットボトルの水を飲むことで奥に押し戻してから

「……分かったよ。いつ?どこ?」
「ほんと?ありがとう!流石私の可愛い娘。早速LINEで待ち合わせ場所と時間送るから」
「は、ちょっ!?」

 ちょっと待ってと言いたい香澄の言葉をガン無視して、母親は通話を切り、それから待ち合わせ場所の名前と時間が数秒後に送られてきた。
 明らかに、準備をしていたのがわかるスピード感。
 香澄はいつまで経っても自分を駒としか扱ってこない母親に、改めて嫌悪感を抱いた。

(都合のいい時だけ娘扱いしてこないでよね……)

 けれど、この声の主を最後まで見捨てられないのも理由はあった。
 香澄は、重い体を少し動かしながら、ベッドのヘッドボードに置いてあった写真立てを見た。
 この写真を撮影した小2の頃は、香澄は父と母にちゃんと世話をされ、確かに愛されていた。この写真が、香澄が持っている、自分が満面の笑みになれている最後のものだった。
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