二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
 その頃までの香澄は、生まれつき内気だけど、それなりに外にも出かけ、友達もいた。
 そしてそんな香澄を特に愛してくれていたのが、父親だった。
 香澄がもし

「人生で幸せな時間はいつ?」

 という質問を投げられたら、確実に小学2年生くらいまでと答える程、その時期は楽しかった。
 今香澄が住んでいる家も、この時期に父親がローンを組んで買った持ち家。
 
「引っ越しをするぞ!俺の家が手に入ったんだ!」

 そう喜びながら、香澄を抱き寄せる父の涙声は、脳にこびりついて離れない。
 香澄も、生まれて初めて自分だけの部屋を持つことができ、自分の意志で好きな家具を選ぶという、かけがえのない経験をした。
 そしてその時の母は、父と香澄を温かく見守ってくれる、女神のような存在だった。表向きは。
 でも、そんな香澄を大きく変えた出来事が小3の春に訪れた。
 父親が突然死んでしまい、母親が半年後にあっという間に別の男と再婚をしたのだ。
 父親の死因はよくわからない突発性の病気で、見つけた時には手遅れだったらしい。
 
「若いのに……」

 と葬式の日には弔問客には泣かれたし、母もまた、喪服に身を包んだ未亡人として注目を集めていた。
 あの日の母は、ちゃんと父の妻をしていた。
 けれどそれからすぐ、母は父が残した家に帰ってこなくなった。
 香澄は、父親側の祖母が代わりに住んでくれたおかげで、衣食住には困らなかったものの、周囲からのこんな噂を投げつけられる日々が続いた。

「あそこの奥さん、旦那さんが死んですぐ男作ったらしいよ」
「やだかわいそう。旦那さん殺したのはあの奥さんってこと?」
「娘さんもあの奥さんに似てるから、その内男をたぶらかすのかしらね」

 きっと周囲の人は、自分達を楽しませるだけの噂話がどれだけ10歳にもならない子供の心を抉る効果があるのか気づいていない。
 気づこうともしない。
 だからこそ、攻撃力も半端なかった。
 香澄は、その攻撃に最初は耐える努力もしたが、まず最初に体が悲鳴を上げた。
 登校中に突然パニックになり、そのまま倒れてしまったのだ。
 救急車で運ばれ、迎えにきた母親に開口一番に言われた言葉を、香澄はきっと一生忘れられない。

「あなたが外で倒れたせいで、大金が吹っ飛んだ。どうしてくれるんだ」

 香澄が外に出ることを極端に嫌うようになったのは、この日がきっかけだった。
 どうしてあんなに自分を愛してくれていたはずの母に、自分はこんなことを言われないといけないんだろう、と香澄は寂しくてたまらなかった。
 3人で揃っている写真を眺めながら

「あの頃に帰りたい」

 と何度も願った。
 どうして父親は死んでしまったのか、と恨みもした。
 それから、可愛がってくれた父親側の祖母も、香澄が高校を卒業してすぐに亡くなり、香澄は本当に一人になった。
 その経験は香澄にこう思わせるのに十分だった。
 三次元の愛は、いつか消えてしまう。
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