90日のシンデレラ
 チュッと、軽いリップ音がきこえたような気がした。左手に微かな圧迫感を感じたような、感じなかったような……
 北峰の唇がキスした先は、真紘の左手のひらの甲。とっさの判断で、うまく真紘はキスを回避したのだった。

 「ダメなの?」
 「はい、ダメです」

 キスの褒美は当然だろといわんばかりの北峰の質問に、口元を押さえたまま真紘は丁寧に拒絶した。

 「どうして?」
 「だって、北峰さんがカノジョさんに叱られます。それに、カノジョさんを悲しませるようなことは、同じ女性としてしたくないです」

 これにも丁寧に真紘は答える。
 カノジョの有無の確認は取っていないが、きっと北峰にはいる。絶対に、いる。なぜか強く真紘は確信できた。だからすんなりと、カノジョの存在を挙げることができた。
 
 「俺、今はカノジョいないよ」
 「ウソ!」
 「嘘じゃないさ」

 今度は北峰のほうが、真紘の断言を否定した。否定するものの、どこか腹の底からこみ上げる笑いを北峰は押し殺しているが。
 嘘じゃないさといわれて、真紘はますます困る。ストッパーとしてカノジョのことを出したのに、全然ストッパーとなっていなかった。
 こうくれば、次はどうくるか?
 簡単に予想がつく。続きを行うのみである。北峰の左手は真紘の右肩すぐそばのシートに置かれたままで、上体だって傾けたままである。助手席に閉じ込めた真紘に、いつでもキスができるスタンスだ。

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