90日のシンデレラ
 暗闇の中で顔などよくみえないのに、したたかな北峰の自信が感じ取れる。
 一度、拒絶されても簡単には引き下がらない。そんなことをしていたら、ビジネスなんて実を結ばない。強引といわれようが、結果を得るために大胆にアクションを起こす。恋愛だってビジネスと同じとばかりの強気の北峰がいる。今の彼が纏うのは、強気の、絶対の、勝者の空気とでもいおうか。

 北峰は空いている右手を伸ばし、柔らかく真紘の左手を取った。その手はさっきまで真紘の唇を守っていた手である。
 あまりにもその北峰の動きが自然だったから、手を取られた真紘はすぐにはわからなかった。
 えっと思ったときには、もっと北峰の顔が近づいていた。

 彼の匂いが一段と強くなる。一日の終わりの男性の体臭は汗臭い、そんな思い込みがあったけど、清潔男子北峰からは感じられない。不思議なことである。
 鼻先が触れそうになる。彼の息づかいがもっと間近で感じられる。無意識のうちに真紘は身をこわばらせて、シートに強く背中を押し付けていた。体をがっちりと包み込むクーペのシートから抜け出すことは不可能、そうとわかっていても防衛本能がそうさせていた。

 暗闇の中で、北峰が瞬きしているのがなんとなくわかる。タイミングを計っているのだろうか?
 ああ、これ以上は無理。どうしよう……

 「でも……ダメです」
 「今度はどんな理由で、だめなの?」

 窮地も窮地の、ギリギリのところで真紘は閃いた。人間、限界にまで追い込まれると思いがけない閃きをひねり出すことがある。
 ダメもとで、真紘はその閃きを口にした。

 「私が、北峰さんのカノジョじゃないですからです」

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