90日のシンデレラ
 ふわりと空気が大きく揺れた。続いて、とても小さな笑い声。
 北峰の体が勢い良く動いて、真紘は圧迫感から解放された。掴まれていた左手も自由になった。北峰が元の運転席に戻ったのだった。
 途端に夜の冷えた空気がふたりの間に割り込んでいく。

 「これは、参ったなぁ~」

 遠のいていく熱量に、真紘はまずはほっとした。気になるイケメンに迫られて理性が砕けそうになるも、何とか踏みとどまることができた。
 安堵する真紘の横で、北峰はステアリングホイールを両手で握り、あまつさえその上部に額をのせて、肩を揺らして笑っている。もうおかしくておかしくて堪らないのでといわんばかりに。
 キスをねだるときの真摯さとは正反対のこの北峰に、真紘は目が丸くなる。

 「ホント、シーナちゃんって面白い! 確かに、そうだ。まだカノジョじゃないもんな。うん、うん、まったくもってそう! もう、その返し、サイコー」
 「…………」

 まずはキスからの逃亡に成功したが、この北峰のセリフにはやや納得のいかないものがある。

 (なんだか、これって………)
 (からかわれていた?)

 依然大げさなアクションで北峰は笑いを抑えようとしている。いつまでも素に戻らない北峰に、真紘はドライブ中のことを思い出した。
 この車の天井は開かないと北峰がいい、素直に真紘は信じた。その上にご両親の美談を勝手に想像して、感心もしてしまった。
 だがこれは「嘘だ」と、あとで北峰から種明かしされる。この瞬間からだっただろうか、真紘のことを「面白い」「面白い」と彼が連呼するようになったのは。

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