90日のシンデレラ
 嫌といわれて、そうじゃないと素直にいえない真紘がいる。慌てて頭を働かせて、しどろもどろな言い訳を真紘は口にした。

 「あ、そうじゃなくて……どうして、のほうです。汗とかで熱くなりそうだし」
 「えー、だって、初デートじゃん。雰囲気、出したいなと」

 (え?)
 (初デート?)
 (雰囲気を出す?)

 もらったセリフは、さりげないが強烈だ。北峰の笑みに、「相変わらず真紘は面白いなぁ」という色が加わっている。
 もうすっかり真紘は、北峰のカノジョとなっていた。初デートの今日は記念すべき日で、手をつなぐのは当然だ、とも。
 ふたりともいい年をした大人である。だが北峰はそんなの気にしない。こだわるのはただ、今日が記念日で特別なことをせねばならないという意気込みだ。
 特別なこと――それがこの手をつなぐことだとしたら、これって中学生カップル、いや小学生カップルみたいではないか? 真紘はそう思う。幼いといえば幼いが、特別といえば特別なこと。
 昨日のことはやはり夢ではなかったのだと、温かな手のひらがずっとそこにあれば真紘はしっかり認識したのだった。




 北峰から満面の笑みで告げられて手を離すこともできず、もちろんその場から逃亡することもできず、真紘は手をつないだまま、北峰とともに地下鉄の階段を下りていく。
 真紘にとってこの路線がはじめてであれば、完全に不案内だ。右も左もわからない。ある意味、手をつなぐのは迷子防止にもなっていた。

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