90日のシンデレラ
 「はい、いいです」
 「カフェだから軽食しかない。食べ足りないかもしれない。そのときは遠慮なくいって。あとでおやつを食べいってもいいし、早めの夕食にしてもいいし」
 「はい、お任せします」

 北峰の提案は、買い物し食事をするという、ごくごく普通のデートプランだ。
 これについて真紘がどうこういうことはない。他にもっといい案があるわけでもないから。

 電車を降りて、こっちだよと案内される。まったく知らない駅名に、地名。見える風景は、オフィス街の少し寂しい裏通りといったところだろうか?
 真紘の知らない東京を、カレシとなった北峰と歩く。
 夜の首都高ドライブといい、今のこの昭和ノスタルジックな裏通りといい、とにかく北峰の案内する先は真紘の想像の上をいく。今日もまた、北峰から新しい東京を教えてもらっている。

 (なんかなぁ、北峰さんならこんな地味なところじゃなくて、華やかなブランド街を颯爽と歩くってイメージだけど……変な感じ)
 (あ、こんなところに店が!)
 (よくみれば、結構店があるわね。あれは、何屋さん?)
  
 古びた雑居ビルの入り口へ、躊躇なく北峰は入っていく。狭くて薄暗いビル廊下を少し歩いて、とある店にたどり着いた。
 真鍮で飾られた重厚な黒いウッド扉のそばに、アンティークな風合いの木製折りたたみ看板が出ている。そこにはテイラーの文字。

 (テイラー? 服屋さんってこと?)
 (古そうな店だけど、看板はきれいだし、間口も掃除がきちんとできているし)
 (隠れ家的なスタイルの店なのかしら?)

 「北峰様、お待ちしておりました」

 声とともに店の扉が開く。客人の存在に気付いた初老男性オーナーが、恭しくふたりを出迎えたのだった。


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