90日のシンデレラ
 「オーナー、生地が届いたと連絡をいただきました」
 「はい、運よく色違いも仕入れることができまして、さっそくご覧になりますか?」
 「ええ、是非に。お願いします」

 一歩店内へ踏み込めば、表同様アンティークな空間が広がっていた。まさにここ、古き良き中世ヨーロッパのテーラーの再現である。
 北峰とテーラーの会話を横でききながら、真紘は真紘で好奇心のままに店内を眺めていた。

 まず入店して目に入ったのは、巨大な棚の壁。そこには上から下までびっちりと生地の束が行儀よく詰まっている。色鉛筆ケースのように徐々に変化していく布色のグラデーションが美しい。
 中央には生地棚に合わせたかのような大きなテーブル。その上には、二、三種の生地が束の状態から一部が広げられていて、そばにはメジャーが無造作に転がっている。
 右に目を遣れば、アンティーク家具の応接セット。そのすぐ横には、生地見本らしきカタログが並んだ腰棚。反対側に目を遣れば、別室への通路。その先の部屋が少し見えて、数台のミシンが並んでいる。

 (ここ、ショップ兼工房なんだ)
 (職人さんのお店なんて、なんか、すごい特別感がある)
 (異世界にきたような気がするのは、照明が白熱灯だからだよね~。置かれているインテリア品もレトロなものばかりだし)

 ぐるりと店を見渡し、自分の背中側になる入り口ドアの裏側をみる。そこには数体のトルソーに商品がディスプレイされていた。もちろん、靴や鞄などの小物も揃っていて、コーディネートに抜かりがない。
 普通ならそこはショーウインドウの位置になるだろう。だがあいにくと、この店はガラス張りでない。落ち着いたデザインの壁紙の向こう側が外廊下になる。つまりだ、外からは商品がみえないのである。
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