90日のシンデレラ
 ブスといわれて戸惑う真紘の前に瑠樹は立ち、その真紘の頬を軽く(つね)った。ガーメントバッグを持っていないほうの手で。
 大きな手は長い指を持っている。男性ならではの長い指が、真紘の頬を抓る。その力はきき手でないからなのか、優しい。

 「私、そんな美人ではないですけど……」
 「けど?」
 「本社の人みたいに素敵女子にはなれないけど、できるだけ笑うようにします」

 ブスなんて、ひどい! と抗議したくなるが、あながちそこまで的外れな指摘ではない。
 本社には、キラキラした人たちがたくさん働いている。鎌田女史しかり、大村女史しかり、堀江ママしかり。本社初日の受付嬢のみならず、マダム山形だって素敵なローシニアだ。そんな人たちを普段からみている瑠樹にすれば、真紘のランキングは真ん中より下になるだろう。
 生まれつきの顔の造形は変えられない。となれば、それ以外のもので勝負だ。少しでも魅力的にみせるには、笑うに越したことはない。

 「そこまで卑下することはないぞ。真色の知っている本社の人間は、外向けにキレイどころを並べている分だけだろ。本社全員がそうとも限らない。真紘はかわいい部類になるよ」

 真紘の心が読めるのか、そんなふうに瑠樹は慰めた。
 頬を抓る指を緩めて、その場で手のひらを広げた。そのまま真紘の頬を撫でる。そっと、優しく、大切に。
 大きな手のひらは温かい。初夏の空気の中でも、ほっとさせる不思議な温もりがあった。

 「瑠樹さん?」
 「真紘、ごめんな」
 「瑠樹さん」

 真紘の頬を撫でる瑠樹の手が止まる。「何がごめんなんだろう?」と思ったときだった。瑠樹の顔が近くにあって、そっと唇が塞がれた。



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