90日のシンデレラ
 深いくちづけは、長い時間だったような気がした。唇が離れて、どちらともなく息をつく。
 ゆっくりと真紘が目を開けば、緩やかなウエーブの茶髪が目に入った。まだまだ夏の日没までに時間が残っていて、明るい夕焼けの光の下で瑠樹の髪がきらめいている。
 長い睫毛に縁取られた瞳、きれいに筋の通った鼻先、少しニヒルな笑みをのせた口元と整った瑠樹の顔。はじめて瑠樹をみたときの印象と何ひとつ変わりない真紘のカレシがここにいた。

 「真紘、戻りは木曜日になる」
 「…………」

 戻りって何のことだろう?
 キスの余韻でまだまだ現実に戻れない真紘は、ピンとこない。

 「それまでにレポートを直しておくこと」
 「レポート?」
 「先日、返却した分だよ。俺は国内にいないけど、山形さんがちゃんと転送してくれるからチェックできる」

 山形さんがちゃんと転送してくれるからチェックできる――このセリフに、真紘は我に返った。慌てて記憶を手繰る。

 (レポート、レポート……)
 (えっと、先に企画開発の締め切りがあって……)
 (そうだった! あった!)

 先週の木曜日、瑠樹とのドライブにいく前日の木曜日なのだが、に帰宅すれば、ダイニングテーブルの上に添削済みのレポートが乗っていた。
 企画開発研修のほうはグループでの案件だ。自分の不手際で皆の足を引っ張ってはいけないと、大体こちらのほうの優先度を高くしてある。そしてそれは、金曜日にひとまずの区切りついた。
 缶酎ハイで乾杯したのは、週末の自分労いもあったのだが企画開発研修でもミニゴールが達成できての祝杯であった。

 昨日の金曜日の夜にバスソルトの風呂に入り、ひとり打ち上げをして真紘はまったりしていた。そこに瑠樹がやってきて、すったもんだの末に夜の首都高ドライブに出た。以降ずっと真紘の隣に瑠樹がいて、今に至る。

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