90日のシンデレラ
 「じゃあ、そういうことで」

 真紘の返事を待たずに、瑠樹はお暇を宣告する。ここでの口調は、業務改善コンペ室でのもの。仕事モードの瑠樹がいる。先までのキスの余韻なんて、真紘と違ってきれいさっぱり瑠樹の中から消えていた。

 瑠樹はガーメントバッグを手に、玄関へと向かう。真紘もこのクローゼット部屋についてきたのと同じように、玄関に付き添う。
 あらためて玄関の内ドア側でふたりは向かい合った。そう、一時の別れを惜しむカップルのように。

 「真紘、いってくるよ。次は木曜日に会おう」

 再び真紘へ手を伸ばし、瑠樹は真紘の髪をかき上げてその額にキスを落とす。最後に極上の笑みをカノジョにみせて、瑠樹は扉をくぐっていった。




 残された真紘は、しばらくその場で呆然としていた。
 オートロックの施錠の音で、我に返る。

 (金曜の夜から世界の常識が変わってしまって、もうなんだか、わけがわからない)
 (そうそう………レポート、あったよ! ぱっと見て一日でできそうだと思って、企画開発のほうを優先したんだった)
 (いわれなくても、週明けに出そうかなとも思っていたんだけど……)

 金曜の夜と土曜日の一日が、慌ただしく終わる。
 初デートの特別な日といいながらも、時間に制限があった。真紘でなくて、瑠樹のほうにだけど。

 「…………」

 しばらくして気持ちが落ち着いてくれば、真紘はリビングダイニングへ戻る。
 ふたりで食事したテーブルはきれいに片付けられて、何ものっていない。

 (仕事しなきゃね)
 (レポート提出を催促されたことだし)

 次は木曜日に会おう――よくよく考えれば、瑠樹と次の約束を決めたのはこれがはじめてである。約一ヶ月半、瑠樹はこの部屋に出入りしていたが、ずっとふたりはすれ違ったままであった。
 それが、もうそうでなくなっていた。

 (そっかぁ~、次は木曜日かぁ~)
 (それまでに、仕上げておかなければならないのは……)

 ノートPCをダイニングテーブルの上で開いて、真紘は気持ちを少し早めに平日モードに切り替えたのだった。


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