90日のシンデレラ
 「うん。真紘がスマホをみているときぐらいから。その画面の光で」
 「あ、ごめんなさい。起こしてしまったようで」

 そのセリフ、ちょっと違うだろうと思いながらも、そう真紘は返してしまった。
 ここは、本来ならベッドへの不法侵入に苦情を申し立てるところ。だが、真紘はできなかった。狸寝入りがバレて、ばつが悪くなっていた。

 「帰国は、木曜日だときいていたんですが……」
 「そのつもりだったけど、真紘に会いたくなって案件をひとつキャンセルして帰ってきた」
 「え!」

 真紘に会いたくなって――真紘と瑠樹のお付き合いは、はじまって一週間とならない。交際開始の一週間なんて、お付き合いの一番楽しい時期である。ふたりでこのままずっと一緒にいたいという、もっとも熱愛ボルテージが高まる時期である。
 そう、今の真紘と瑠樹は熱病が一番ヒートアップしている期間に間違いない。
 間違いないのだが、節度ある大人なら、それを抑制する理性を持ち合わせているもので……

 さぁあっと、真紘は指先が冷たくなるのがわかる。

 (どうしよう、もしかしたら、私のせいで海外出張をドタキャンさせてしまったのでは?)

 案件をひとつキャンセルした――そのセリフをきいてから、真紘がさらに固くなっているのに瑠樹は気がついていた。
 硬直して悶々と悩む真紘を自分の胸元に閉じ込めたまま、瑠樹は暗闇の中でほくそ笑む。本当に真紘は、ひとつひとつの行動が面白いといわんばかりに。そんな背後のカレシのことなど、もちろん真紘は気がつかない。
 そして、しばらく動揺する真紘の姿を楽しんでから、もういいかなと瑠樹はささやいた。

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