90日のシンデレラ
 ギリギリまでカフェでの時間を楽しんで、ふたりは一路、借り上げ社宅へ戻る。
 ここから直接、お兄さんに会いにいけばと真紘がいえば、実家にもいくからついでに荷物を持って帰ると瑠樹はいう。

 「荷物って?」
 「春物。もう着ないから」

 荷物とは、玄関横のクローゼット部屋のスーツのことであった。確かに春物は、とっくにおしまいの時期である。
 社宅へ着いたと同時に瑠樹はクローゼット部屋へ入る。予め決めてあったのだろう、迷うことなく五着のスーツを探し出して、大きなショッピングバッグに詰め込んだ。

 (あれ?)

 例のごとく黙ってうしろから瑠樹のパッキング作業をみていた真紘は、あることに気がついた。

 (ヨガマットが、いつの間にかなくなっているんだけど)
 (それに、その横にあったボストンバッグもない)

 「これでよし、と」

 スマートに荷物をまとめると、瑠樹は真紘に向きなおる。

 「そんな、寂しそうな顔をしない。後ろ髪を引かれるだろ」

 そういって、その真紘の頬っぺたを軽くつねった。
 真紘にすれば、そんな顔をした覚えはない。朝の数時間しか一緒に過ごせなかったのは、確かに残念。
 でも今の真紘の頭を支配するのは、瑠樹の間借り生活がはじまった直後に自分が運び入れた荷物がなくなっていること。それの行方が、気になっているのだ。

 「そんな顔していないよ」
 「そうか? なんか不満そうにみえたんだけど」
 「不満じゃなくて、ヨガマットがなくなっているなぁ~と思って」

 ああ、アレねと、瑠樹は種明かしする。真紘がないと思ったのは勘違いでも何でなく、瑠樹が撤去していたためであった。

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