90日のシンデレラ
 瑠樹からは「しばらく忙しくなるから、あまり会えない」とだけで、真紘は彼のスケジュールを知らない。それまでは、真紘が尋ねる前に瑠樹のほうが、どうどう、こうこうと告げてきて、知っているという状態であった。
 土曜日の朝の段階では「できるだけ時間を作ってくるから」とあったので、単純に予定が確定していなんだなと真紘は思っていた。

 そんな心づもりでコンペ室へいけば、真紘の顔をみてマダム山形が、
 「今回のコンペでは、いろいろお世話になりました」
 という。

 (え?)
 (お世話になったのは私のほうなんだけど……)
 (あ、そっか!)

 落選者に向ってお疲れ様とは言い難い。そういう配慮なのだと、真紘は理解した。

 「いえ、こちらこそ、ご指導をありがとうございました」

 そう告げると、スーッと気持ちが軽くなった。

 (あれ?)
 (これって?)
 (もう頑張らなくていいってこと? ここでのことは、終わったから?)

 プレッシャーがひとつ、なくなった瞬間だった。心だけでなく、体も軽く感じられた。

 「今日一日はまだ、この部屋の資料を閲覧できます。メイン業務で使えそうなのがあれば、まだ調べてもらっても大丈夫よ」
 「いえ、もう充分利用させていただきました。あの……手続きのほうをお願いします」

 真紘は社員証をマダム山形へ手渡した。
 数週間前の落選した大村のことを思い出す。今は真紘の番だ。不思議と静かな気持ちである。手渡しながら、彼女もきっとこんなメロウな気分だったんだなと悟る。

 真紘から社員証を受け取って、マダム山形はここへの入室権限を解除した。簡単な操作のあと戻ってきた真紘の社員証は、もうこの部屋への鍵ではなくなった。
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