90日のシンデレラ
事務室は、社長室と面会室に隣接している。田舎よろしくで、いまだにこの社ではお茶くみの習慣が残っている。来客対応では事務員が茶を運ぶのだ。そう、来客対応だけでなく役員会議のときも同じだったりする。
「うっそー」
「ちらっときこえてきたから、聞き間違いであればいいんだけど。でもまったく起こらない話ではないよ。だって、主任さんの代わりがいつまでたっても決まらないじゃん。部長ら、椎名さんを昇格させるのが手っ取り早いって気がついたみたいよ」
そんな同僚の推測をきいて、真紘は背筋が凍るような気がした。盆を過ぎても残暑が厳しい時期なのに、真紘は血の気が引いていくのがわかる。あの主任の仕事を、自分が行うことになるなんて!
「今月末がちょうど九月決算だし、人事異動が出てもおかしくないから。あ、椎名さん、これはあくまでも噂だから。真偽のほどは疑わしいから、ね」
最後に同僚は意味深な目配せをして、そんなふうに話を濁してしまう。あからさまに未公開人事のことが外部に漏れたとなれば、コンプライアンスやセキュリティの問題に発展する。あくまでも同僚のひとり言の範囲にしておいて、と暗に告げられたのだった。
同僚と駐車場で別れて、真紘はすぐには帰宅しなかった。暮れゆく空の下で、運転席に座ったまま、先の同僚の言葉を考えた。
(そうよね、普通、主任がいなくなれば、内部の人間を昇格させるものだよね)
真紘の部署の場合、真紘よりあとに入社した人はいない。先輩同僚は皆もう、副主任となっている。役が付いていないのは真紘だけである。
ここで真紘が昇格すれば、あの部署は全員役付きだ。ひどく歪な人事構成の部署となる。だから自分に昇格の話はないと、真紘は信じていた。
が、事態は真紘が思っていたのよりも、切羽詰まっていたらしい。
(もしかしたら、主任はこれを知ってて、研修にいかなかったのかも?)
「うっそー」
「ちらっときこえてきたから、聞き間違いであればいいんだけど。でもまったく起こらない話ではないよ。だって、主任さんの代わりがいつまでたっても決まらないじゃん。部長ら、椎名さんを昇格させるのが手っ取り早いって気がついたみたいよ」
そんな同僚の推測をきいて、真紘は背筋が凍るような気がした。盆を過ぎても残暑が厳しい時期なのに、真紘は血の気が引いていくのがわかる。あの主任の仕事を、自分が行うことになるなんて!
「今月末がちょうど九月決算だし、人事異動が出てもおかしくないから。あ、椎名さん、これはあくまでも噂だから。真偽のほどは疑わしいから、ね」
最後に同僚は意味深な目配せをして、そんなふうに話を濁してしまう。あからさまに未公開人事のことが外部に漏れたとなれば、コンプライアンスやセキュリティの問題に発展する。あくまでも同僚のひとり言の範囲にしておいて、と暗に告げられたのだった。
同僚と駐車場で別れて、真紘はすぐには帰宅しなかった。暮れゆく空の下で、運転席に座ったまま、先の同僚の言葉を考えた。
(そうよね、普通、主任がいなくなれば、内部の人間を昇格させるものだよね)
真紘の部署の場合、真紘よりあとに入社した人はいない。先輩同僚は皆もう、副主任となっている。役が付いていないのは真紘だけである。
ここで真紘が昇格すれば、あの部署は全員役付きだ。ひどく歪な人事構成の部署となる。だから自分に昇格の話はないと、真紘は信じていた。
が、事態は真紘が思っていたのよりも、切羽詰まっていたらしい。
(もしかしたら、主任はこれを知ってて、研修にいかなかったのかも?)