90日のシンデレラ
 (えー、やだ!)
 (なにが課長補佐よ!)
 (他の副主任を差し置いて、補佐なんて……会社にいきたくない!)

 どうやって課長の前から逃げたのか、真紘は覚えていない。気がつけば、車の運転席に座っていた。車外は夏の夜の帳が下りている。遠目に夕暮れの残像が微かに残っていた。

 (マジでどうするよ、真紘!)
 (辞令が出る前に辞める?)

 主任のように退職するという選択肢が、頭の中に現れる。それの存在が真紘の中でどんどん大きくなってくる。

 (あの課長の尻拭きだけでなく、きっと主任業務もさせられる!)
 (それって、主任が持っていた以上の仕事量じゃない! そんなの、体もメンタルも持たない!)
 (今なら内示の段階だよ。辞めるなら、今しかない。今を逃せば了承したと思われる)

 このままの勢いで退職願を出したくなる。出して、受理されて、晴れて無職になれば、転職活動がはじまる。次の第一歩を踏み出すことになる。

 ここではたと、こんな考えも浮かび上がってきた。
 意気込んで転職しようにも、今と同じ職種に就くことはできないだろう。ここは都会と違って、選択肢が非常に限られるから。

 あんな社でも、一応真紘の希望の職種である。しかも、やっと入れた社だった。また本社研修にいかせてもらった引け目もある。
 退職の仕方を間違えれば、ここは小さな世界だから、よほどの理由がなければいいようにはいわれない。そう、主任のように家庭の事情で仕方なく、というような……

 (そうよ、やめるにしても、課長が嫌だからでは動機が弱い)
 (下手をすると、部長とかも出てきて説得されるかもしれない。主任がやめて、中途採用者もいない人手不足の会社だから)
 (私が使える、ここぞいう理由は……)

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