90日のシンデレラ
 「もう面倒だから、このままいくよ」
 涼しい顔をして、さらりと瑠樹がいう。
 「どこへ?」
 目を丸くした真紘はそう問い返すのみ。
 「東京。時間がないから。さあ、乗って」
 端的に答えて、瑠樹は行動に移った。

 クーペのロックはもう開いている。瑠樹はいつぞやと同じ振る舞いをして、真紘を助手席に乗せる。
 真紘は仕事帰りの普段着で、手持ちの鞄だって通勤用の大容量トートバッグだ。仕事が終わって疲れて帰宅した冴えない女子社員である。でもそんなこと、瑠樹は一向に構わない。

 助手席に座ってしまえば、真紘の中にあの夜の首都高ドライブの感覚が戻ってくる。ぴったりと助手席シートが体になじむ。今回も真紘をしっかり拘束する。恐ろしい代物だ。
 膝の上においたスマートフォンからは、ヒートアップした父の怒鳴り声が続いている。真紘、降りなさい。そんな得体のしれないやつに、従うんじゃないという。

 真紘をエスコートしたのち、瑠樹もスマートに運転席に乗り込んだ。外野の声など気にせずに、さっさとエンジンをかけてしまう。
 そうする間にも、父と母が大慌てでクーペへ駆け寄ってきた。その勢い、もう車に体当たりしそうである。

 「真紘、人さらいじゃないって、ひと言お願いできる?」

 まだ事態がよくわかっていないけれど、真紘は瑠樹に従った。
 うんとうなずいて、窓を開ける。目の前に血相を抱えた父がいた。

 「お父さん、この人、私の東京本社での上司なの。怪しい人じゃないの。東京の仕事が残っているみたいだから、ちょっといってくるね」
 「仕事?! 待て、どういうことだ? まひ……」

 真紘のセリフが終わると同時に、瑠樹はアクセルを踏み込んだ。
 ハイパワーエンジンの轟音が、派手に近隣に響き渡る。それは父のセリフをもかき消した。
 この大音量に父が一瞬ひるむ。無意識のうちに一歩後ろへ引いてしまう。後ろから追いかけてきた母も、途中で足が止まってしまっていた。
 その隙をついて、瑠樹はクーペを走らせた。そのまま何事もなかったかのように住宅街を抜けていく。
 鮮やかに瑠樹は、両親の前から真紘を連れ去ってしまったのだった。
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