英雄閣下の素知らぬ溺愛
 途方に暮れたような声音に、アルベールは思わずというような苦笑を漏らす。「そう、気負わなくても良い」と、彼は口を開いた。



「君がそう言うかもしれないと思ったから、あらかじめ聞いてみたのだが。……母からの伝言だ。もしどうしても気になるのならば、週末にベルクール公爵邸で開く予定のティーパーティに来てくれ、とのことだ。母の友人や、ブラン家と縁の女性たちにしか呼んでいないようだから、安心して良い」



 部屋の中に設置してある、カミーユに観劇用の一人掛けのソファを薦めながら、彼はそう続ける。
 そんな彼に礼を言って、ソファに腰掛けた後、「ベルクール公爵夫人主催のティーパーティですか」とカミーユは呟いた。

 ベルクール公爵家と、カミーユの属しているエルヴィユ子爵家は、同じ騎士団を持つ家門同士、最低限の交流はあった。本当に、最低限の交流である。
 そもそもが公爵家と子爵家という身分の違いがあるため、それほど親しく言葉を交わす機会もないのが現実なのだ。

 そのため、ベルクール公爵夫人が親しい方のみを集めたティーパーティを開くと言っても、その中にカミーユの知り合いはまずいないだろう。公爵夫人の友人といえば、真っ先に名が挙がるのが現国王の母であり、前王妃だったりするのだから。



 他にも、私がご一緒しているのを見たことがあるのは、侯爵夫人や伯爵夫人が主だもの……。たかが子爵家の娘が、そんなところに行って良いのかしら……。



 女性のみ、というのはとても嬉しい条件だけれど、とそこまで思い、ふるりと頭を振る。チケットを譲る代わりに招待されたのならば、不安であろうと、場違いであろうと、行くしかないのである。

 むしろ、本当にそんなことで良いのだろうかとも思うが、少なくとも行かないという選択肢だけは存在しなかった。

 ぐっと両手を握って、失礼ならないようにしなければと、気合を入れるカミーユに、隣のソファに座ったアルベールがくすくすと笑う。「そう、覚悟を決めた顔をしなくても大丈夫だ」と言いながら。



「誰も、君を取って食おうとは思っていないだろう。それに、当日は私も参加するように言われている。君があまり社交界に出ないと、母も知っているからな。気休めになるかどうかは分からないが、傍にいるつもりだから、安心して欲しい」



 そう言って、アルベールはいつも通り優しく微笑んでくれて。心細く思う気持ちが、少しだけほぐれたような気がして、カミーユもまた微笑み返した。「気休めどころか、とても心強いですわ」と呟きながら。



「お心遣い、ありがとうございます。ぜひ参加させてくださいと、公爵夫人にお伝えくださいませ」



 言えば、アルベールはまたいつかのように一瞬だけ動きを止めて、呻くような声を発した後、何事もなかったように「ああ、伝えておこう」と言って笑った。
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