春の花咲く月夜には
「あ、いや・・・、似合ってます。・・・じゃあ、これ、課長に渡しとくんで」

「う、うん」

彼はそのまま踵を返し、フロアの奥の方へと行ってしまった。

私は、ドキドキとする胸を抑えつつ、くるりとマーケティング部に背を向けた。


(・・・『かわいい』って、言ってもらえた・・・)


多分、聞き間違いではないと思う。

嬉しくて、思わずにやけそうになる顔に手を押し当てて、ぐっと頬を引き締める。

と、気がつけば、目の前に紗也華が立っていて、ニヤリ、と微笑みかけられた。

「フフ。社内でいちゃつかないよーに」

「い、いちゃついてないよ」

「いや~。私だったからいいものの、賀上ファンの女子が見たらウワサになりそうな雰囲気だったけど」


(う・・・)


そう言われると、否定できない。

いちゃついていたつもりはないけれど、嬉しいことを言ってもらったし、それで私はにやけそうになっていたから。

「・・・気をつけます・・・」

「ふふ。まあ、私はどっちでもいいと思うけど・・・、ウワサになったら、心春が後々気にしそうだと思ってね」

「・・・うん。そう思う・・・」

私のことを、紗也華はよくわかってくれている。

まだ付き合っているわけでもないけれど、今後はちゃんと気をつけなければ。

「ま、早く『好き』って言ってあげたらいいよ。賀上くんも喜ぶだろうし、会社じゃなくて、家でゆっくりいちゃつけるしね」

「!」

頬が一気に熱くなる。

付き合う、の、その先を、実感として意識したから。

「とりあえず、(あせ)らず()らさず頑張って」

「う、うん・・・」

紗也華は最後にニマリと笑って、マーケティング部のフロアの中へと入っていった。

私はその後ろ姿を眺めつつ、そうだよね・・・と考えていた。
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