春の花咲く月夜には
ーーー約束の時間、5分前。

待ち合わせ場所・・・スタジオがある最寄り駅の改札口を出るとすぐ、賀上くんの姿が目に入り、私は途端に胸を鳴らした。


(賀上くん・・・、少し、いつもと違う)


仕事の時と、髪型は同じだけれど。

スーツじゃなくて、初めて会った時のような・・・シャツにデニムを合わせたラフでカジュアルな服装だ。

だけど、あの時みたいに気怠げな感じではなくて、わりとシャンとしてるというか・・・、ひと言でいえば、「仕事の時とプライベートの時を足して2で割ったような感じ」に見える。

そして、左肩には黒いギターケースを背負っていて。

今まで見たどんな時とも印象がまた違うから、新鮮で、ちょっとドキドキしてしまう。


(・・・困った。やっぱり緊張してきたな・・・)


楽しみの方が大きくなって、緊張はだいぶ緩んでいたけれど。

彼の姿を見ただけで、また、一気に高まった。


(・・・落ち着かなくちゃ)


賀上くんの、今の気持ちはわからない。

私一人でドキドキし、意識するのは悔しいし悲しすぎるので、平常心を保たなくちゃと必死に心を落ち着かせる。


(・・・あ)


人波の中、賀上くんは私を見つけて目が合うと、右手を上げてはにかむような笑顔になった。

また、ドキッと胸が鳴る。

落ち着いていてほしいのに、私の心は忙しい。

「おはようございます」

彼は私に歩み寄り、私の顔を覗き込むように挨拶をした。

途端、頬が火照って、私はぱっと目を逸らす。

「あ・・・、おはよう。早いね。・・・一本前の電車だった?」

「はい。けど・・・、数分違いくらいかな。あんまり、変わらないと思います」

「・・・そ、そっか」

「はい」

「・・・」

会話がどこかぎこちなかった。

それは私だけじゃなく、お互いに、少しギクシャクとしているような。

気のせいだったらいいけれど・・・、賀上くんはあの時やっぱり酔っていて、今日は約束したから仕方なく来たんじゃないかと不安が襲う。
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