ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
粧子はそっと目を伏せた。結婚し灯至を好きになったから今だからこそ、泰虎の気持ちに正面から向き合うことができる。
「ごめんなさい。泰虎兄さんのことは尊敬する兄としか思えません」
泰虎の求める答えを与えてやれないのは心苦しい。それでも粧子はキッパリと貴方を愛せないと伝えた。もっと早く引導を渡してやれば、別の道もあったかもしれない。
「ははっ。この歳で失恋か……キツイな」
泰虎は髪をクシャリと掻き上げ、自嘲気味に笑った。粧子は自分勝手だということを承知の上で泰虎に訴えた。
「泰虎兄さん、ヒラマツをお願いします。私、兄さんが作ってくれた和菓子が大好きだから……これからもお祖父ちゃんの味を守って欲しい」
餡子を炊く大鍋。使い古した道具が吊るされた作業台。祖父の険しい横顔と泰虎の真剣な眼差し。それが粧子の持つ平松家での最も古い記憶だった。
泰虎は粧子に手製の和菓子を振る舞おうと祖父から手取り足取り指南を受けていた。粧子は作業台に肘をつき、二人の小気味良いやり取りや、道具が擦れる音に耳を澄ませていた。あの時間が何よりも大好きだった。
二度と戻れなくとも、粧子はヒラマツを愛している。
「ああ。君に言われなくてもヒラマツは俺のすべてだ」
泰虎の目尻から涙が一筋流れ出る。
この瞬間から、義兄と義妹の曖昧で麗しい関係は終わってしまった。
これから二人は赤の他人として生きていく。