君が月に帰るまで
「なんかそんな気がして。そうでもしなけりゃ、自分のことに気がついてもらえないもんね。私は自分の気持ち言えないけど、はじめの視界に少しでも入っていたいと思う」「俺はここであきらめるつもりはないよ。志望校に合格したらもう一回告白する」

「すごいね。なんか怖いくらい」

「怖いって……俺はストーカーじゃねえぞ」

「すとーかーってなに?」

「知らねぇのかよ」

ゲラゲラと笑いあう。つらい気持ちなのは自分だけじゃない。そう思ったら少し気持ちが楽になった。

「夏樹は将来何になるの?」
「獣医になりたいと思ってる」
「じゅーい?」
「動物を診る医者のことだよ」
「すごいね」

ほぉーっと思わず息をついた。やりたいことが決まっている人のまっすぐな目。昨日のはじめと似てる。

「お前は? 医学部行くんだろ?」
「わたし? ううん、東京は見学にきただけだから。塾も経験のひとつっていうか……帰ったら結婚するんだ」
「は?」
「そういう家だから」
「結婚って……それでいいのかよ」
「そう。いいなりになるしかないね」
「つまんねぇな」

つまらない。そう言われて、自分がはじめに言った言葉と重なる。

「その家、出るわけにはいかねぇの?」
「家を出る?」
「どうせ結婚もしたくてするんじゃねぇんだろ?」
「うん……」
東京(こっち)に出てくることも、できるだろ。いやなら」
「あ、いやその……。もう日本には戻ってこられないというか、その……」
「なんだよお前、外国から来たの?」
「あわわ……」

畳みかける夏樹の圧力に、思わず負けそうになって口を噤む。

< 73 / 138 >

この作品をシェア

pagetop