君が月に帰るまで
「えっ!? なんで笑うの」

ゆめはキョトンと不思議そうに首を傾げた。

「お前はすごいよ。俺はそんな境地まで行ってない。はじめとかえでがふたりでいれば、嫉妬でおかしくなりそうだし、かえでにこっちを見て欲しい、特別な存在になりたいって思う。キスしてそれ以上もしたいって考えるよ……あぁ、ごめん。お嬢さまには刺激が強すぎだな」

「ううん……わかるよ。私もそう思ってた。うまく思ってることが言えなくて怒らせちゃうし。かえでと一緒にいるのを見るとなんか辛い。

でも、どうせ気持ちも伝えられないままで帰るのなら、はじめと楽しい想い出いっぱい作りたいと思って」

「本当に気持ち伝えないで帰るつもりか?」

「ちょっと家的な問題で、いまは言えなくて……。でも帰る直前には伝えるつもり。うまく伝わるか、わかんないけど」

「そっか。お嬢さまはいろいろあるんだな。にしても、鈍い人って罪だよな、ほんと」「かえでも鈍いの?」

「ニブチンもニブチンだよ。俺がありったけのほめ言葉をかけても、そんなことないって謙遜して笑うだけ。顔色ひとつかえずに、いつもの透き通る笑顔のままだしさ。こっちはどんな気持ちで褒めてると思ってたんだっての」

「なるほど。夏樹はかえでに好きって言わないの?」

「言ったよ、一昨日。でもかえでは告白だって気がついてなくて」

「ええっ!? 告白に気がつかなかった?」

そんなことあるのだろうか。ゆめはあまりのことに夏樹が気の毒になる。

「かえでが好きだって言ったら、私も好きだよなんて言うから、これは絶対伝わってないなと思ってさ。

俺は異性として好きなんだって言ったら、やっと分かってくれたんだけど。他に好きな人がいるからごめんなさいってハッキリ言われたよ。素直につらい」

はぁーっと息をついてベンチの背もたれにドカンともたれかかり、夏樹は天を仰ぐ。

「そうだよね、簡単にあきらめられたら、好きになってないよね。……ねぇ、かえでが誰のことを好きなのか、分かってて告白したんじゃない?」

「けっこう鋭いな。当たり」

夏樹は目だけこっちをみて、困ったように笑った。

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