身代わり婚のはずが冷徹御曹司は一途愛を注ぎ貫く

「貴仁さんっ……」

「痛いか?」

目尻に滲む私の涙を指で拭いながら、彼は尋ねた。興奮が伝わってくるのに、抑え込んで私を気遣ってくれている。この人は、本当に花純が好きなのだ。

「痛くない……幸せです。私、貴仁さんが、好きです」

涙の理由は言えないけど、優しく抱かれた幸せを伝えたくて精いっぱいの笑顔を向けた。この気持ちは嘘じゃない。抱かれただけで好きになるのはおかしいのかもしれないけど、本当の自分を抱きしめてもらった喜びは胸に強く刻まれてしまった。あのエレベーターで彼を抱きしめたときの微かな気持ちが大きく膨らみ、私をいっぱいにしている。

「私で、ごめんなさいっ……」

思わず謝った私に彼は少しだけ怪訝な顔をしたが、「俺も好きだ」とささやいて抱き寄せてくれる。
今夜が、彼に優しく抱かれる、最初で最後の夜になる。これ以降は、誰かに身も心も愛してもらえることはきっとない。

だから今夜だけは、せめて本当の私で──。


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