もう一度、重なる手
◇◇◇
「この手じゃ、本当に不自由だわ」
病院から自宅に連れ帰ってからの母は、右肘から手首にかけて巻かれたギブスを見つめてことあるごとにため息を吐いていた。
「しばらくは仕方ないね。山本さん、今日は早く帰って来てくれそう?」
冷蔵庫から取り出した麦茶をグラスに注ぎながら訊ねると、母は眉を寄せて少し渋い顔をした。
「連絡はしたんだけど、今日は残業だって。この頃、忙しいみたいで毎日帰ってくる時間が遅いの」
「ふーん」
私は母の恋人の山本さんが何の仕事をしている人なのか詳しくは知らない。だが、同棲している恋人が事故に遭った日くらい仕事を早く切り上げて帰って来てくれてもいいのにと思う。
「買い物やご飯の準備はどうしようかしら。自転車で買い物に行く途中に事故に遭ったから、冷蔵庫の中が空っぽなのよね」
ギブスを眺めながら、母がぶつぶつと文句を言っている。さっき麦茶を入れるために冷蔵庫を開けたが、母の言うとおり、その中にはろくな食材が入っていなかった。
山本さんの仕事が忙しくて、家事の協力を得られないのだとしたら、母はケガが治るまでの数週間どうやって生活するつもりなのだろう。
「ねえ、史花。今日はお母さんの代わりに買い物行って、夕飯の準備してくれない?」
ぼんやり考えていると、母が突然私のほうを見てにこっと笑いかけてきた。