もう一度、重なる手

「え、私が?」

「だってこの手じゃ何もできそうにないし。いつ帰ってくるかわからない彼に買い物も頼めないでしょう。どうせなら、しばらく史花がごはんの用意や掃除の世話をしにきてよ」

「何言ってるの。私だって仕事があるんだけど」

「だったら、しばらくうちから通えば? そうすれば、お母さんも助かるし」

 にこにこと悪びれもなく笑いながら勝手なことを言う母に、少しムッとした。

「勝手に決めないでよ。ここからじゃ、通勤も遠いのに」

 それに、母が恋人と同棲している家に、一緒に住むなんてごめんだ。たとえ一ヶ月の期間限定でも。

 むすっとした顔で答えると、母の笑顔が歪む。

「遠いっていったって、たった一ヶ月我慢すればいいだけでしょ。それくらいやってくれたっていいじゃない。だってほら、この手じゃお風呂に入るのだって不便なのよ。わかるでしょ」

 ギブスを巻いた右腕を前に押し出すように強調してくる母に、私は顔を引き攣らせた。

 母の右腕には大げさなほどにしっかりとギブスが巻かれているが、実際には見た目ほど重症ではない。

 バイクにぶつかられて自転車から落ちた母は道路に右腕を強打したらしいのだが、幸いにもひびが入る程度のケガで済んだ。

 頭の中で命に関わる最悪の事態も想定しながら病院に行くと、母はけろっとした顔で「あら、どうしたの?」なんて言ってきて。すっかり拍子抜けした。
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