もう一度、重なる手
「家を出て行ってから、史花は本当に冷たくなっちゃったわよね。昔はお母さんの頼みはなんでも聞いてくれて、かわいかったのに」
昔はなんて……。いったい、いつの話をしているのだろう。
昔の私が従順だったのだとしたら、それはたぶん、子どもの自分が母に見捨てられたら生きていけないということを本能的に知っていたから。でも、今の私は違う。自分の足でしっかり立てる。
「はぁー。明日から、どうしようかしら。彼のごはんも作らなきゃいけないのに……」
山本さんだって大人なんだから、母が手の不自由な一ヶ月くらい、自分の食事は自分でなんとかできるだろう。
母だって、私ではなく山本さんにもっといろいろ頼ればいいのだ。一緒に暮らしているんだから。
母の止まらない愚痴に、ため息がこぼれる。
「わかった。今日は買い物して、なにか作り置きしていく。でも、この家から通勤はしないし、毎日手伝いにも来れない。週末にだけ様子を見にくるから、あとは山本さんとふたりでなんとかして」
終わりそうにない母の愚痴にうんざりとした私は、仕方なく妥協案をつきつけた。
「週末にしか手伝いに来てくれないの?」
「買い物行ってくる」
母は不満そうだったが、私がカバンを持って立ち上がるとそれ以上は文句を言ってこなかった。