もう一度、重なる手

「次の予定が合って、連絡できなかったのかな」

「かもしれないですね……」

 私はスマホをカバンにしまうと、由紀恵さんに曖昧に笑い返した。

 由紀恵さんは太陽損保・総務課のふたつ上の先輩で、入社時からの私の指導係だ。

 面倒見が良くて優しい人で、仕事帰りにたまにふたりで飲みに行ったりするくらい仲も良い。

 だから、うちの会社にたまに顔を出す翔吾くんが私の彼氏だということも由紀恵さんにだけはバレている。

「残念だったね、会えなくて」

 私と翔吾くんが順調に付き合っていると思っている由紀恵さんが、ニヤリと笑ってからかってくる。

「いいんですよ、仕事中なので」

「史ちゃんて、ほんとうに恋愛に関してはクールだよね。たまに小田くんが営業でうちの会社に顔出しても、顔色ひとつ変えないし」

「だって、仕事ですもん」

「だとしても、彼氏が職場に来たらほんのちょっとくらいは浮き足立っちゃわない?」

「……、ません」

「そうかー」

 キッパリと答えると、由紀恵さんが少し残念そうな顔をする。

 由紀恵さんは、私が職場で翔吾くんのことを意識する顔が見たいらしいけど。私は付き合い出してから一度も、たまに会社に出入りしている翔吾くんに仕事中にときめいたことはない。

 恋愛に関してはクールと言われればそうなのかもしれない。職場で会うときの翔吾くんはあくまで取引先の営業担当なのだから、私も仕事モードで対応するべきだと思う。

 そう言うと、由紀恵さんはなぜかいつも「つまんないー」と残念がる。

「じゃあ、私はこれから交代で休憩行かせてもらうね」

「はい、ゆっくり行ってきてください」

「ありがとう」

 カバンを持ってデスクを離れる由紀恵さんの背中を見送ると、私はスリープ状態になっていたパソコンを起動させて頭を仕事モードに切り替えた。
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