エリート国際弁護士に愛されてますが、身ごもるわけにはいきません
背中が見えなくなり、ようやく大きく息を吐き出すと、今更ながら指先がカタカタと震える。
「ちょっと瑠衣、大丈夫?」
あまりに瑠衣が青い顔をしていたせいか、梓が心配げに顔を覗き込んできた。
「大丈夫、ごめんね」
どんな事情があれ、ここに立っている間は私語は厳禁。幼い頃から憧れたフロントスタッフの仕事を疎かにしたくない。
瑠衣は気持ちを切り替えて残り時間の業務にあたり、同僚に引き継ぎを済ませた。
急ぎ足で更衣室に戻るなり、梓から沙良について聞かれた。
「さっきの人、うちに連泊してるお客様だよね? 大和さんって、瑠衣の旦那様でしょ?」
「うん。私も彼女のことはなにも知らないの。ただ、この前、如月法律事務所への行き方を聞かれて、その時『忘れられない人に会いに来た』って言ってた。アメリカ在住の弁護士さんみたい」
そこまで話すと、自称恋愛偏差値が低いという梓でも事の次第を飲み込めたらしい。
「……元カノ?」
「だろうな、とは思ってる。彼が留学してた先と、井口様の現住所が同じ地域みたいだし」
「その人が、どうして瑠衣に?」
「わからないけど、前にね、大和さんのパラリーガルをしてる人に聞いたの。事務所内で大和さんが政略結婚したって噂になってるって。まぁその通りだからしょうがないけど、もしかしたらその話を耳にして、私にひと言言いたいのかも」