さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
 お気楽な娘の様子に笑ってから、父は朗らかに微笑んだ。
「逞しいね。頼んだよ。次期社長」
「ちょっとー何を言ってるの。引退なんて気が早いんじゃない? お父さんにはまだまだ頑張ってもらわないといけないんだからね?」
「あ、ああ、そうだね……」
 幸雄が表情を曇らせ、どこか遠い目を外へと向けた。心なしか疲労感が漂っている。
「お父さん? どうかした? どこか調子でも悪いの?」
 光莉が様子を窺うと、幸雄は我に返って困ったように微笑んだ。
「ああ、いや。そんなことはないよ。光莉は、その、彼氏はいないのか」
 幸雄の唐突な質問に、光莉は目をぱちくりとさせてから眉間に皺を寄せた。
「いきなり何の話? まさか縁談とかやめてよね」
 不自然な話の流れに、光莉が怪訝な顔をすると「ははっ」と幸雄は軽やかに笑い声を立てた。
「いやぁ。仕事一筋では寂しいじゃないか。誰かいい人がいるなら紹介しなさい。おまえには一日も早く幸せになってほしいと思ってるんだ」
「あいにく。今はそんな人いないよ。それに、私はちゃんと幸せだから心配しないで。ほら、この仕事が大好きだしね。まあ、ちょっとそろそろダイエットは必要かも……だけど」
「光莉……実は、今後のことなんだが……」
 と、幸雄が何かを言いかけたときだった。
「社長」
 専務の川(かわ)岸(ぎし)が書類を手に足早にこちらへやってきた。
「先日のご相談の件ですが――」
「ああ、待ってくれ。その件は上でしよう。私も話したいことがある」
 幸雄が川岸の発言を牽制し、光莉に「東京行きの件はあとで」と言い残した。
 光莉は背を向ける幸雄に手を振り、それから川岸に頭を下げた。
 先ほどまで父の顔をしていた幸雄は、既に社長の顔に戻っている。
(……東京かぁ)
 それにしても幸雄が何かを言いかけていたことが、光莉には少しだけ引っかかった。なんだかいつもより元気がないような気がする。急に彼氏がどうとか言い出すのも不自然だ。
(もしかして、また工場のおばちゃんたちに何か言われたのかな?)
 娘をいつまでも独り占めしていたらかわいそうだとか、いい人を早くお婿さんに迎えたらいいのにとか、いわゆる井戸端会議のようなものだけれど、おばちゃんたちのパワーに押されている父の姿を思い浮かべ、光莉はふふっと笑う。
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