さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
 母が亡くなったときのことを思い出してしまった。光莉の指先は冷たく震えていた。
「これから、しばらく入院することになりますし、今後もあまり無理はできないでしょう」
 そういう川岸の表情は暗い。社長が動けない状況では、会社の混乱が目に見えるからだろう。光莉を励ましてくれた川岸だが、先行きを案じる心境はとても取り繕えるものではない。
「川岸さん、このたびは、色々とありがとうございました」
「いえ。本当に、大事に至らなくてよかったです」
「父が倒れる前は……どんな様子だったんでしょうか」
 川岸は少し迷いを見せたあと、幸雄の方を見つめながら口を開いた。
「社長はこのところ思い悩んでいらっしゃって、私も気になってはいたんです。遅くまで働いていましたし、ひょっとすると、心労がたたったのではないかと……会社をこの先どうしていくか考える時期にきていると、しきりに口にしていました」
「お父さんが、そんなことを……」
「ええ。正直な話、経営はかなり厳しい状況でした。今後のことを考えると――」
 光莉は何も言えなくなる。娘に心配をさせまいと言いづらかったのだろうか。無力な自分が悔しくてたまらない。何が次期社長だろう。頼りにされていたのに、たったふたりきりの家族なのに、何の支えにも救いにもなっていなかった。
 光莉は川岸の手前、涙がこみ上げてくるのをひたすら我慢し、震えることしかできなかった。
 しばしの沈黙のあと、川岸が気後れしたような表情を浮かべながら口を開いた。
「こんなときにすみません。話は変わるのですが、先ほど、光莉さんにお会いしたいという方から連絡があったんです」
「私に?」
「……はい。先方にはこちらに戻り次第、連絡をすると伝えてあります。常盤グループの取締役、常盤律樹さんという方です」
「……!」
 律樹の名前を出され、光莉は動揺する。
「私に会いたいって、彼がそう言っていたんですか?」
「ええ。近々こちらに伺いたいので空いている日にちを教えてほしい、とのことで」
 数時間前、東京のホテルのホールで無視した彼が、そんなことを言うなんて信じがたい。否、ひょっとして彼は光莉の方から先にコンタクトをとったから驚いていたのだろうか。でも、そうだとしたら、あのとき知らないふりをした意味がわからない。
「光莉さん?」
 茫然としていた光莉は、川岸に呼びかけられてハッとする。
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