さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
 この間とはまた違った印象の、ビジネスマンとして清潔感のある装いの彼に目を奪われる。彼のさらさらの薄茶色の髪は頬にかからないように分けて整えられ、そのせいか端整な顔立ちと意思の強さがよりいっそう強調されるようだった。
 動揺を押し隠し、光莉は彼の前に立つ。
 すぐに彼の方から挨拶をしてくれた。
「このたびは、お忙しいところ押しかけてしまい、誠に申し訳ありません。お時間を作っていただき、ありがとうございました」
「いえ。こちらの方こそ、遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます」
 名刺を交換しつつ、光莉は彼の肩書を目で追った。
 常盤律樹、常務取締役・経営企画部部長……グループ会社管理戦略課チーム。
 不意に、パーティー会場で耳にした噂話が蘇ってくる。光莉はそれを打ち消し、頂戴します、と名刺を側に控えた。
 律樹の隣に控えている男性は、電話で対応してくれた秘書だった。落ち着いて見える彼は、年齢は三十代後半から四十代前半くらいだろうか。電話口で感じた押しの強さはなく温厚そうな雰囲気がある。人の印象というのは、電話の声だけで判断はできないものだな、と思う。
「どうぞ、おかけください」
 光莉はふたりを着席するよう促す。
「ありがとうございます。さっそくですが、本日は、山谷食品の今後について、お話をさせていただければと思います」
 律樹はそう言い、光莉が腰を落ち着けるのを待ってから、秘書から渡された資料を目の前に広げた。
「え、あの、待ってください。うちの今後とは、一体どういうことですか? 社長はただいま不在なのですが……」
 光莉は身を乗り出すようにして問うた。
 山谷食品の今後――という不穏な言葉に、光莉は川岸と話をしていたことを思い浮かべ、たちまち嫌な予感を抱いた。なぜ、社長をさしおいて光莉にそんな重大な話を持ちかけるのか、彼の意図がわからない。
「山谷社長には、以前より会社の譲渡について提案しておりました。御身に何かあれば、娘さんがいるという話を伺っておりましたので、このたびこうして時間を作っていただいたのです」
 律樹が淡々と語る。その声色には温もりが感じられない。当然のように、あくまでビジネス相手としてそこにいるのだ。それ以前に、幸雄の身に起こったことを既に知っていて光莉に会おうとしたその魂胆に戦慄が走った。
 光莉の顔からは血の気が引いていた。
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