さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
「父には、政(こ)略(の)結(こ)婚(と) で余計な心配をかけたくありません。ビジネス上のことがきっかけだったとはいえ、旧知の仲でお互い気が合った……ということで話を合わせていただけませんか」
「わかった。ならば、そういうことにしようか。それと、会社の件についての根回しはこちらできちんとしておくよ」
 あっさりと律樹は承諾した。そんな彼の態度に、光莉はホッとする反面、寂しく感じていた。
 秋に出逢い、秋に別れ、そしてまたこの季節に再び出逢った。季節が巡るたびに恋焦がれてきた、あの頃の思い出を失いたくない。そんな気持ちが沸き立ってきて、光莉は思わず、もうこの先二度と呼ぶことが許されないかもしれない呼び名を口にした。
「りっちゃん」
 口にするたびに嬉しくて、そして泣きたくなるその名を――。
 律樹が反応を示した。戸惑っている様子でこちらを見つめ返す。けれど、彼はもうこの先「ひかりちゃん」とは二度と言ってくれないのだろう。
 連絡が途絶えたときに、どうしてもっと真剣に彼を探さなかったのか、今になって光莉は後悔していた。彼に何があったのか、知っていたらよかった。きっと彼は自分の身に何が起きていたのか、詳しく教えてくれる気はないのだろう。拒絶の空気が伝わってくる。
「君が俺に何を求めているかは知らない。あいにく俺はもう……あの頃とは違うんだ。わかってくれ」
 物憂げに律樹は言った。咎める口調ではあるが、先日のようなとげとげしさはない。
 光莉は彼の方の事情を知りたいと思った。会社ではない場所で、ふたりきりの今ならビジネスを抜きにして話を聞いてもいいだろうか。
「パーティー会場で、どうして知らないふりなんかしたの?」
「あの会場には、取引先や常盤家の人間がたくさんいた。迂闊に親し気な様子を見せると、君に取り入ろうとする者やあらぬ噂を立てる者が現れかねない」
 律樹は険しい表情のまま言った。光莉は噂話をしていた女性たちのことを思い浮かべた。律樹は光莉を巻き込まないようにしてくれたということだろうか。
< 34 / 132 >

この作品をシェア

pagetop