壊れるほどに愛さないで
『美織、仕事終わった?タクシー乗れそう?』

私は、定時で、仕事を切り上げると、すぐに会社を出た。従業員扉を出てスマホを見れば、案の定、雪斗から、メッセージが届いていたが、最寄りの駅に着くまで返事をしなかった。  

『うん、今仕事終わって、営業所前からタクシーに乗ったよ』

営業所から、自宅近くの最寄駅に到着してから、雪斗に嘘の返信をし、すぐに既読になったのを確認すると、私は、駅から自宅に向かってまっすぐに歩いて行く。

(雪斗……ごめんね)

夕方、私と雪斗が、今日は一緒に帰れないことを見計らったように、『非通知設定』の電話がかかってきた。こちらから、質問する時間も与えられず、会話は、ほんの数秒で終わった。

『待野雪斗に危害を加えられたくなかったら、今夜は、一人で帰ること。二人きりで会いたい』

相手の声は、雪斗の話していた通り、ヘリウムガスで声が変えられていた。顔も本当の声も分からないが、電話の相手は、ずっと連絡のない、友也じゃないか?そう思った。

私は、後ろを振り返り、誰もいないことを確認すると、明るい大通りではなく、2本筋に入った路地裏を歩いていく。

「あれ、今日は、定休日?……」

雪斗と初めてご飯を食べにきた焼き鳥屋「おりおん」は、今日は、暖簾も仕舞われ、店の中も暗く、がらんとしている。

よく見れば、小さく磨りガラスの扉に貼り紙がしてある。

『体調不良の為、暫く休みます』

(大丈夫かな……勇気さん……)

この店に雪斗と一緒に来たのは、まだ数週間前の事なのに、私も雪斗の関係は大きく変わった。

あの時は、帰り道も雪斗と一緒だったが、今日は、一人だ。何かあっても誰にも助けてもらえない。
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