愛されてはいけないのに、冷徹社長の溺愛で秘密のベビーごと娶られました
 今日の外気温はそこまで高くないが、移動したりなんだかんだで体を動かしていたので水分が身に染みる。

 四分の一ほど飲んでストローから口を離し、正面に座った紘人を見る。こうしてコーヒーを飲むだけでなかなか絵になるし、付き合っている頃はそんな彼にいちいち胸をときめかせていた。

 初めて付き合った相手だからというのも、もちろんある。でもそれを差し引いても相手が、紘人だったからなんだ。だって再会した今もこうして……。

 不意に私の視線に気づいた紘人がこちらを向き、音が鳴りそうなほどばちっと目線が交わった。気恥ずかしさと気まずさで、とっさになにか口火を切ろうとする。

「五十嵐さん」

 ところが背後から女性の声が聞こえ、紘人が先に反応し私も振り向く。

江藤(えとう)さん」

 こちらに向かって手を振るのは、明るめの茶色の髪をショートボブにした溌剌とした印象の女性だ。大ぶりのフープピアスが揺れ、ボートネックのトップスは彼女の綺麗な鎖骨のラインが強調されている。

「久しぶりですね。もしかして奥さま?」

 彼女の視線がこちらに注がれ、私は慌てて立ち上がる。厳密に言うと、紘人とはまだ結婚していないが、その事情をあえて説明するほどでもないだろう。

「妻の愛理と息子の真紘です」

 紘人に紹介され頭を下げた。しかし彼女は大きく目を見張り、私のそばにあったベビーカーを見つめる。

「お子さんまで?」

 たしかに紘人の結婚も知らない人からしたら、子どもまでいる事実に驚くのも無理はない。なんて説明しよう。
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