恋人たちの疵夏ーキヅナツー
宝石のような時間/その12
ケイコ


アキラは今夜出発して、大阪で一泊する

大阪のオーディション、朝早いらしいから

このあと、7時前のバスに乗って行くって

だから、早めの夕食一緒にって、パスタ作ろうとか思ったんだけど…

やっぱり体調ダメで、コンビニのもので済ますことになっちゃた

ちょうど大阪と、一番キツイ時期が重なっちゃったみたいで、ゴメン

とにかく今は、私のことより、大事なオーディションに集中してね

それで、明日の夜、笑顔でここに戻ってきて!

雨宿りの時の”約束”、私、明日でもいいから

もっともこの体調じゃあ、アキラ、遠慮するだろうけど

...


「そろそろ、行くよ」

アキラはそう言って、立上った

私も体を上げたが、だるい、変な感じの汗もかいてるし

アキラと真正面に向かってる私は、右手に”お守り”を握ってる

絵美と逆髪神社に行った時、アキラに渡そうと買っておいたものだ

「はい、コレ。持って行って」と、アキラの前に差出した

アキラは、ニコッと笑って受取ってから、「ありがとう」と言ってくれた

「しっかり願もかけてきてるからさ…」

私はそう付け加えた

そのあと、アキラは足元にあるバッグから何やら取り出した

「実は、オレもこれ…」と、手のひらに乗せて、私に見せたそれも”お守り”だった

「リハの帰りに、明治神宮へ寄って買ったんだ」

ありゃりゃ、お守りの交換っこになっちゃった訳か…

でもそれは、お互いの思いやる気持ちの交換でもあるのよね

「アキラ、ありがと。いつも心配してくれて感謝してるよ」

私はストレートにお礼を言った

アキラは小さくうなづいから、ちょっと下を向いた

すぐ顔を上げると、「キスしてもいいかな」だって

わあ、そういうことか!

いいよ、もちろん…

「うん」とだけ言って、私は目をつぶった

アキラの唇、どこに来るのかな?おでこ?それとも唇?

ディープキスとまではいかなかったが、初キスは唇だった

でも、結構長くしてて、自然とお互い体をくっつけあってた

...


もうすぐ7時というところで、アキラは玄関に向かった

「頑張ってね。帰り待ってるから…」

「うん、じゃあ行ってくるよ」

玄関の外で、二人は短い言葉を交わした

そして、階段下りていくアキラに手を振った

アキラも振り返り、にっこり笑って手を振ってくれた

離れたくないって気持ち、今日ほど強かったことなかった

明日の夜になればまた会えるのに

なんでかな

ぼんやりと日の暮れはじめた道を、ギター背にして歩いていくアキラ

アキラの後ろ姿が見えなくなった後も、私は階段脇でしばらくそこに突っ立っていた…






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