ピースな私と嘘つきなヒツジ
千夏は、泉と最初に顔を合わせたのは『酔っていたあの日より前だ』と言われてから、ずっと考え続けていた。けれど、いくら思い返しても答えは出ない。胸の奥に溜まるもやもやは晴れることなく、日に日に重たくなっていくばかりだった。
(……こんな気分のときは、美味しいオムライスを食べよう。それに、凪ちゃんと話したら何かヒントがもらえるかもしれないし!)
そう思い立ち、昼休みの時間を使っていつものカフェへと足を運ぶ。
店内に入ると、木の香りに混じってふわりとバターの匂いが漂い、少しだけ心が軽くなった。いつものようにカウンター席へ向かおうとした千夏だったが――今日は珍しく、そこに先客がいた。歳の近そうな女性がひとり、オーナーと談笑しながら座っていた。
「千夏ちゃん、いらっしゃい。」
声をかけてきたのは、カウンターの奥にいた店のオーナーだった。千夏は思わず店内を見回したが、そこに凪の姿はなかった。
「今日は凪、バイト入ってないんだよ。ごめんね。」
「凪ちゃんがお休みなんて、珍しいですね。」
「来週から四月でしょ? 遠くに進学するから、ここでのバイトもあと数回で終わりかな。」
「……えっ? そうなんですか?」
思わず大きな声が出る。千夏の表情を見て、オーナーは少し驚いたように笑った。
「えー? あんなに仲良さそうにしてたのに。千夏ちゃん、何も聞いてなかったの?」
「……はい。全く知りませんでした。」
胸の奥に、言いようのない寂しさがじわりと広がっていく。
「叔父さん! 凪のお友達なの? 私にも紹介してよ!」
カウンターに座っていた女性が、オーナーを「叔父さん」と呼びながら、千夏のほうに向き直った。
(えっ……)
その瞬間、千夏の視線は女性の顔に釘付けになった。凪を大人の女性にしたような顔立ちで、あまりにもそっくりなのだ。
(凪ちゃん、女兄弟もいたの……?)
思わず胸の奥がざわつく。言葉にできない驚きと戸惑いが、千夏の心をぐるりと包み込んだ。
「泉ちゃん、そんなに急かさないでよ。千夏ちゃんはお客様なんだから、まずは座っていただかないと……。えっと、こちらが凪の姉の泉で、こちらが当店の常連さんで、凪と仲良しの千夏ちゃん。」
オーナーは千夏を、凪の姉だという泉の近くのカウンター席へ案内した。
「えっ……? 泉ちゃん……? 凪ちゃんのお姉さん……?」
千夏の頭の中は混乱でいっぱいだった。凪の親が、兄と姉に同じ名前をつけるだろうか――そんなことがあるはずがない。では、以前千夏に『凪の兄の泉』と名乗ったあの男は、一体誰なのだろうか……。
困惑しながらも、千夏はカウンター席に腰を下ろした。胸の奥にざわつく感情を抱えたまま、目の前の泉を見つめる。
「いつものオムライスで良い?」
「あ……はい。それでお願いします。」
取りあえずオムライスを頼んだものの、千夏の心は落ち着かない。目の前の彼女が凪の姉の泉だとすれば、自分を振り回したあの泉は一体何者なのか――考えるほどに怖くなってきた。自宅の表札には確かに『廿楽』と書かれていた。珍しい苗字だからこそ、凪と兄妹だと言われれば、すっかり信じ切って疑いもしなかったのだ。
「私、普段はアメリカに住んでるんだけど、凪が来月からアメリカに来るって言うから、準備のためにさっき帰国したばかりなの。準備に付き合えって言われて、ここで凪と待ち合わせしてるのよ。バイトはないけど、もうすぐ来ると思うわ!」
(……オーナーが言ってた『遠くに進学』って、アメリカだったんだ……)
千夏は、胸の奥で小さく膨らむ不安と疑問を抱えながら、目の前のオムライスをぼんやりと見つめた。
凪の姉だという泉が千夏に話しかけてきたその時だった。
「ほら、来たみたい!」
店のドアが開き、誰かが入ってきた。手を振る泉につられて、千夏も思わずそちらへ体を向ける。だが目に飛び込んできたのは――凪ちゃんではない。あの時、自分に『凪の兄の泉』と名乗ったあの男が、そこに立っていたのだ。
「凪! 遅いって!」
(……えっ? な、なに……? 凪……?? 彼が……凪……??)
千夏の頭の中は、言葉では追いつかないほどの混乱でいっぱいになった。心臓が早鐘のように打ち、目の前の光景が現実なのか、幻なのかも分からない。
思わず、説明を求めるかのようにオーナーの顔を見上げる――だが、口に出す言葉はどうしても出てこなかった。
胸の奥で、理解できない驚きと恐怖がぐるぐると絡まり、千夏の視界はぼんやりと揺れていた。
(……こんな気分のときは、美味しいオムライスを食べよう。それに、凪ちゃんと話したら何かヒントがもらえるかもしれないし!)
そう思い立ち、昼休みの時間を使っていつものカフェへと足を運ぶ。
店内に入ると、木の香りに混じってふわりとバターの匂いが漂い、少しだけ心が軽くなった。いつものようにカウンター席へ向かおうとした千夏だったが――今日は珍しく、そこに先客がいた。歳の近そうな女性がひとり、オーナーと談笑しながら座っていた。
「千夏ちゃん、いらっしゃい。」
声をかけてきたのは、カウンターの奥にいた店のオーナーだった。千夏は思わず店内を見回したが、そこに凪の姿はなかった。
「今日は凪、バイト入ってないんだよ。ごめんね。」
「凪ちゃんがお休みなんて、珍しいですね。」
「来週から四月でしょ? 遠くに進学するから、ここでのバイトもあと数回で終わりかな。」
「……えっ? そうなんですか?」
思わず大きな声が出る。千夏の表情を見て、オーナーは少し驚いたように笑った。
「えー? あんなに仲良さそうにしてたのに。千夏ちゃん、何も聞いてなかったの?」
「……はい。全く知りませんでした。」
胸の奥に、言いようのない寂しさがじわりと広がっていく。
「叔父さん! 凪のお友達なの? 私にも紹介してよ!」
カウンターに座っていた女性が、オーナーを「叔父さん」と呼びながら、千夏のほうに向き直った。
(えっ……)
その瞬間、千夏の視線は女性の顔に釘付けになった。凪を大人の女性にしたような顔立ちで、あまりにもそっくりなのだ。
(凪ちゃん、女兄弟もいたの……?)
思わず胸の奥がざわつく。言葉にできない驚きと戸惑いが、千夏の心をぐるりと包み込んだ。
「泉ちゃん、そんなに急かさないでよ。千夏ちゃんはお客様なんだから、まずは座っていただかないと……。えっと、こちらが凪の姉の泉で、こちらが当店の常連さんで、凪と仲良しの千夏ちゃん。」
オーナーは千夏を、凪の姉だという泉の近くのカウンター席へ案内した。
「えっ……? 泉ちゃん……? 凪ちゃんのお姉さん……?」
千夏の頭の中は混乱でいっぱいだった。凪の親が、兄と姉に同じ名前をつけるだろうか――そんなことがあるはずがない。では、以前千夏に『凪の兄の泉』と名乗ったあの男は、一体誰なのだろうか……。
困惑しながらも、千夏はカウンター席に腰を下ろした。胸の奥にざわつく感情を抱えたまま、目の前の泉を見つめる。
「いつものオムライスで良い?」
「あ……はい。それでお願いします。」
取りあえずオムライスを頼んだものの、千夏の心は落ち着かない。目の前の彼女が凪の姉の泉だとすれば、自分を振り回したあの泉は一体何者なのか――考えるほどに怖くなってきた。自宅の表札には確かに『廿楽』と書かれていた。珍しい苗字だからこそ、凪と兄妹だと言われれば、すっかり信じ切って疑いもしなかったのだ。
「私、普段はアメリカに住んでるんだけど、凪が来月からアメリカに来るって言うから、準備のためにさっき帰国したばかりなの。準備に付き合えって言われて、ここで凪と待ち合わせしてるのよ。バイトはないけど、もうすぐ来ると思うわ!」
(……オーナーが言ってた『遠くに進学』って、アメリカだったんだ……)
千夏は、胸の奥で小さく膨らむ不安と疑問を抱えながら、目の前のオムライスをぼんやりと見つめた。
凪の姉だという泉が千夏に話しかけてきたその時だった。
「ほら、来たみたい!」
店のドアが開き、誰かが入ってきた。手を振る泉につられて、千夏も思わずそちらへ体を向ける。だが目に飛び込んできたのは――凪ちゃんではない。あの時、自分に『凪の兄の泉』と名乗ったあの男が、そこに立っていたのだ。
「凪! 遅いって!」
(……えっ? な、なに……? 凪……?? 彼が……凪……??)
千夏の頭の中は、言葉では追いつかないほどの混乱でいっぱいになった。心臓が早鐘のように打ち、目の前の光景が現実なのか、幻なのかも分からない。
思わず、説明を求めるかのようにオーナーの顔を見上げる――だが、口に出す言葉はどうしても出てこなかった。
胸の奥で、理解できない驚きと恐怖がぐるぐると絡まり、千夏の視界はぼんやりと揺れていた。