ピースな私と嘘つきなヒツジ
「あー……そっか。ちゃんとした凪を見るのは、千夏ちゃんは初めてだったね。」

オーナーは、まるで悪戯がバレてしまった子どものように、ぎこちなく作り笑いを浮かべて誤魔化した。

「ちゃんとした凪? 叔父さん、どういうこと?」

泉がキョトンとした顔でオーナーに尋ねる。千夏もその場で目を丸くし、頭の中はさらに混乱を深めていった。

(ちょ、ちょっと待って……。じゃあ、あの“凪の兄の泉”って……? あの男は一体誰なの……? 本物の凪はどっち……?)

目の前に立つ二人を交互に見つめながら、千夏の心臓は早鐘のように打つ。体の感覚がどんどん遠くなり、言葉も考えもまとまらない。

(こんなの……理解できない……。どうしてこうなるの……?)

息が詰まりそうになり、千夏は思わず両手で顔を覆った。頭の中で矛盾が渦巻き、何から考えたらいいのかも分からない――ただ、世界がぐらぐらと揺れているようだった。

「凪って、割と顔が整ってるから女装してもばれないんじゃないかって話しててね。期間内にバイトでお客さんにバレなければ、渡米代を弾んでやるって賭けてたんだ。その賭けも先週で終わったんだが……」

オーナーが淡々と説明を続ける。

「は……? 凪ってば、女装してここで働いてたの?」

泉は笑いを堪えるのに必死で、口元を手で覆って震わせる。

「……え? 凪ちゃんが泉くん……ってこと?」

「……あー、バレちゃったか。最近千夏さん、店に来てなかったから油断してたんだよ」

千夏は言葉を失い、頭の中が完全に混乱した。目の前の“凪”を、自分がずっと“凪の兄の泉”だと思っていた男を、脳内で整理しようと必死になるが、どうしても理解が追いつかない。

(……なにこれ……どうなってるの……? もう、頭が……ついていかない……)

体がふわりと宙に浮いたような感覚になり、視界がぼんやりと揺れる。千夏は必死に深呼吸をして、現実を確認しようとした。

確かに千夏は泉との事で凪に会いづらくてお昼休みにここに来ることが以前より減っていた。

「凪、お前は男の姿の時、千夏ちゃんと会ってたのか? さらに『泉』って名乗ってたのか?」

オーナーは、二人の関係に全く気づいていない様子で、ぽかんとした表情を浮かべていた。

「ちょっと……そこはプライベートなことだから、先に千夏さんにちゃんと説明してから話させて。叔父さん、ちょっと裏の部屋借りるよ」

そう言うと、凪は軽やかな足取りで千夏の手を掴んだ。千夏は驚きと動揺で一瞬体が固まったが、引っ張られるまま、裏のスタッフルームへと向かうことになった。

心臓はバクバクと鳴り、頭の中はまだ整理できない情報でいっぱいだ。手を握られた感触に、一層動揺が増す。千夏は、息を整えようと小さく息を吐きながら、これから聞く話に覚悟を決めようとしていた。
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