ピースな私と嘘つきなヒツジ
「市島先輩、もう昼休みっすよ?」
タバコの香りをまといながら、品川が千夏の背後を通り抜けざま声をかけた。煙の余韻がふわりと漂い、資料に視線を落としたままの千夏の鼻先をかすめていく。
「少しでも資料の内容を頭に入れておこうと思って……。」
食いしん坊の昼休みも取らずに、千夏は午後の打ち合わせに備えていた。課長からは「初日だから同席してくれるだけでいい。」と言われていたが、それでは気が済まなかった。少しでも役に立ちたい。期待に応えたい。その真面目さが彼女を机に縛りつけていた。
「さっき喫煙室で課長に会ったんスけど、CMソングの担当者が一緒に来るらしいっすよ」
「へえ……。パッケージのデザインもまだ決まってないのに?」
驚きよりも、妙な引っかかりを覚える。普段なら商品開発がほぼ固まってから、デザインと一緒に広報が代理店へと依頼を出すのが通例だ。音楽担当がこの段階で顔を出すなんて、聞いたことがない。
「なんか、CMソングを一から作るらしくて。商品のイメージを掴みたいって、歌手本人の希望らしいっす」
「もう歌手が決まってるの?」
「ネクストブレイクで注目されてる人だそうです。広告代理店イチ押しで……俺は全然知りませんけど。」
「ふーん……。この時点で推してくるなんて、アーティストの売り出しにも力入れてるのね。」
千夏は肩をすくめ、小さく呟いた。珍しいこともあるものだ——その程度の感想で、また資料に目を落とす。
「……あれ?さっき課長が持ってた資料と、ここの画像違いますね。」
「えっ、ほんと?」
「ちょっといいっすか?」
品川が千夏の後ろに回り込み、包み込むようにしてマウスへ手を伸ばした。距離が一気に近づく。さっきまでのタバコの香りが強くなり、千夏は思わず息を潜めた。
「ほら、ファイル名は同じだけど、こっちの方が更新日付が新しい。」
開かれた資料には、確かにさっきのものとは異なる画像が載っていた。
「ほんとだ……ありがとう!」
「課長、めんどくさがりだから何でもここに保存しちゃうんすよね。プロジェクトごとに分けてくださいって何度も言ってるんすけど。」
言葉と同時に、品川の両手が千夏の肩にポンと置かれた。距離の近さに、心臓が跳ねる。
「俺も案外、役に立つだろ?……千夏。」
耳に届いたのは、いつもの「先輩」ではなく、下の名前。千夏は思わず振り返ったが、そのときにはすでに彼は背を向けていた。
笑顔で片手をひらひらと振り、部屋を出ていく品川。残された千夏は、名を呼ばれた余韻にしばし固まっていた。
タバコの香りをまといながら、品川が千夏の背後を通り抜けざま声をかけた。煙の余韻がふわりと漂い、資料に視線を落としたままの千夏の鼻先をかすめていく。
「少しでも資料の内容を頭に入れておこうと思って……。」
食いしん坊の昼休みも取らずに、千夏は午後の打ち合わせに備えていた。課長からは「初日だから同席してくれるだけでいい。」と言われていたが、それでは気が済まなかった。少しでも役に立ちたい。期待に応えたい。その真面目さが彼女を机に縛りつけていた。
「さっき喫煙室で課長に会ったんスけど、CMソングの担当者が一緒に来るらしいっすよ」
「へえ……。パッケージのデザインもまだ決まってないのに?」
驚きよりも、妙な引っかかりを覚える。普段なら商品開発がほぼ固まってから、デザインと一緒に広報が代理店へと依頼を出すのが通例だ。音楽担当がこの段階で顔を出すなんて、聞いたことがない。
「なんか、CMソングを一から作るらしくて。商品のイメージを掴みたいって、歌手本人の希望らしいっす」
「もう歌手が決まってるの?」
「ネクストブレイクで注目されてる人だそうです。広告代理店イチ押しで……俺は全然知りませんけど。」
「ふーん……。この時点で推してくるなんて、アーティストの売り出しにも力入れてるのね。」
千夏は肩をすくめ、小さく呟いた。珍しいこともあるものだ——その程度の感想で、また資料に目を落とす。
「……あれ?さっき課長が持ってた資料と、ここの画像違いますね。」
「えっ、ほんと?」
「ちょっといいっすか?」
品川が千夏の後ろに回り込み、包み込むようにしてマウスへ手を伸ばした。距離が一気に近づく。さっきまでのタバコの香りが強くなり、千夏は思わず息を潜めた。
「ほら、ファイル名は同じだけど、こっちの方が更新日付が新しい。」
開かれた資料には、確かにさっきのものとは異なる画像が載っていた。
「ほんとだ……ありがとう!」
「課長、めんどくさがりだから何でもここに保存しちゃうんすよね。プロジェクトごとに分けてくださいって何度も言ってるんすけど。」
言葉と同時に、品川の両手が千夏の肩にポンと置かれた。距離の近さに、心臓が跳ねる。
「俺も案外、役に立つだろ?……千夏。」
耳に届いたのは、いつもの「先輩」ではなく、下の名前。千夏は思わず振り返ったが、そのときにはすでに彼は背を向けていた。
笑顔で片手をひらひらと振り、部屋を出ていく品川。残された千夏は、名を呼ばれた余韻にしばし固まっていた。