ピースな私と嘘つきなヒツジ

2.縮まらない距離

NAGIの定期配信の翌日、いつも通り千夏は凪に配信の感想を語りにカフェに行った。泉とはあれっきりで逃げ帰った日から1週間が経っていた。連絡をしようにも連絡先を知らないし、連絡をされても何も言わずに逃げ帰った千夏としては対応に困ってしまうし、あの夜のことは心の底から消してしまいたい過去だった。それでも凪とNAGIの配信については語り合いたい!その強い気持ちだけでカフェむかった。凪も千夏が鬼のような勢いで勧めているせいか時々配信を見てくれているようで、配信の内容を知っている時もあった。
 同担拒否をするファンも中にはいるが、どちらかというと同じ推しの話を仲良くキャーキャー共有する方が千夏は好きだった。友人への布教活動にも努めたりしている。だから、凪が千夏の勧めた配信を見てくれているのはとても嬉しい事だった。

店に入るといつものカウンター席に座り、隣の空席に荷物を置いた。カウンターの正面にはビンテージ風のコーヒーカップが綺麗に磨かれ並べられている。ビンテージ風ではなく、確かな価値のある品なのかもしれないが若い彼女にその事実はわからない。店内をキョロキョロと羨望鏡の様に見渡しながら凪を探して見つけると、周りのお客を気にするそぶりなく大きく手を振った。

「なーぎちゃーん!昨日の配信みたー?」

手を振られたのでお冷とおしぼりを置きにきた凪にテンション全開で話しかける。しかし、どこか不機嫌なオーラが凪からは漂っていたが、酒に酔っていなくても楽観的でどちらかと鈍い性格の千夏には感じ取ることはできなかった。

「観ましたよ。新曲配信してましたね。」

「そ~なのよっ!めっちゃ良くなかった!?好きな人を想う切ない気持ちが歌詞とメロディから溢れてて最高!」

遠くで見つめるだけだった好きな人とやっと結ばれ、天国に昇る気持ちだったのにその女性が()ってしい、忘れらずに今も部屋の中でぬくもり探してる。というラブソングだった。ピアノの旋律と間奏のハーモニカがノスタルジックな雰囲気をだして切なさが増した。

「切ないですよね~。あの曲。」

どこか棒読みなフラットなアクセントで凪は言う。普段からあまり感情を出さない凪の変化に脳内をNAGIで侵食されている千夏はやっぱり気づくわけがなかった。

「NAGI様にあんな風に想われてみたぁい!」

「はぁ〜…。想われてても千夏さんじゃ気が付かないんじゃないですか?だいぶ鈍そうですし…。」

チラリと頭に花を咲かせた千夏を見て溜め息混じりに返す。

「そんなことないって!わたしなら絶対にそばから離れないのになぁ〜」

二人の会話をカウンター越しに聞いていたオーナーが噴出して笑った。

「ぷっ。確かに千夏ちゃんは恋愛ごとには鈍感そうだよね。」

「そうですかー?今は仕事命なんで彼氏いませんが私にだってそれなりに恋愛経験ありますよぉ。」

本当は高校生の時に勢いで付き合った彼氏以来、恋人はいないのだが、二人があまりに馬鹿にしたような目で見るので強がりで少し話を盛る感じで言った。

「それは失礼。若いうちは沢山恋愛するのがいいよ。凪も早く彼女出来たらいいのになぁ〜…。」

「え?彼氏じゃなくて…?」

「オーナー、変な誤解を招くので変な間違いは止めてください。」

凪は千夏のツッコミに素早く反応すると、キッとオーナーを睨みつけた。

「おっと、そうだった。悪いわるい。」

オーナーは肩を小さくすぼめると、ランチのサラダの支度をしな『凪は弟の若い頃にそっくりだからつい間違えた。』と誤魔化す様に付け足した。時々凪ちゃんがオーナーの事を『叔父さん』と呼ぶことから、どうやら凪ちゃんとオーナーは叔父と姪の関係なんだと予想はしていた。

(へぇ〜。弟にそっくりって、凪ちゃんの父さんとオーナーは兄弟なんだぁ。…てことは、泉くんとも似てるのかなぁ…?)

この1週間、泉との事を忘れてなかったことにしたいのだが、今みたいにフトした事で泉と紐付けて思い出しては心をざわつかせていた。無理やり別のことを考えて頭から追い出すけれど、しっかりと根を生やした雑草の様に摘み取っても摘み取っても芽が出てくるのだ。

(凪ちゃんは泉くんから私とのこと何か聞いてるのかなぁ…。)

千夏は凪にあの夜のことを泉から何か聞いているのではないかと気になっていたが、もし、何も聞いていなければ『何で兄のことを知ってるの?』と尋ねられるだろう。そうなると自分の口からあの醜態を暴露しなければならない。自ら墓穴を掘りたくないので凪から話がない限り、自分からは話さない様にしようと決めていた。

「お待たせしました。オムライスランチです。コーヒーゼリーはサービスでホイップつけておきました。」

凪がトレイにオムライスと小鉢にサラダ、スープ、デザートのコーヒーゼリーをのせて運んできた。オムライスランチはこのカフェで1番のお勧めランチでコレで600円なのだ。ふわふわの卵の中にチキンライスが入っており、ケチャップではなくデミグラスソースがかかっているのでどこか高級感がある一品だった。

「わー!ホイップ嬉しい♪凪ちゃんありがとう!」

スプーンを手にして食べ始めようとした時だった。
店のドアが開いて男性客が入ってきた。

「あ!市島先輩じゃないっすか!やっぱいた!」

声をかけてきたのは、同じ部署の後輩の品川くんだった。先輩と呼ばれているが短大卒の千夏と四年制大学卒の品川は何気に年齢は変わらない。よく言えば人懐っこい。悪く言えば馴れ馴れしい。そんな性格の彼なのだが韓国アイドルの様な清潔感ある綺麗めなビジュアルが味方してマイナスの印象を受ける人はいなかった。広報を担当する千夏の部署だが愛されキャラの品川はいつも『営業に来ないか?』と営業部長が参加する社内全体の飲み会が行われるたびに誘われていた。残念ながら千夏はそんな風にた場所のお偉いさんに声をかけられたことは一度もない。

「品川くんがこのお店に来るなんて珍しいじゃない。」

年上に好かれる彼はいつも上司のおじ様達に連れられて、近くの定食屋に通っていた。

「今日はオムライス食べたくなって。先輩がここのお店勧めてたの思い出して来てみましたー!もしかして先輩は1人ですか?なら、隣座っちゃおうかなー。」

そう言って先ほど千夏が置いた隣の席の荷物に視線をむけた。

「別に構わないわよ〜。てか、同じ歳なんだからランチの時くらい敬語やめよ!あ、凪ちゃん、オムライスランチもうひとつお願い。」

忙しなくオーダーをしながら荷物を動かす。

「あの店員さん、『凪ちゃん』っていうですか?美人っすね。背も高くてモデルみたいだ!」

席に座りながら品川が千夏の耳に顔を寄せて言った。

「品川くんもそう思う?凪ちゃんは女の私から見ても好きになっちゃいそうな美人なんだよねー!」

千夏と品川の会話が聞こえたオーナーは独りひっそり笑いを堪えていた。

「凪、褒められてるぞ。良かったな。」

「叔父さんうるさい。だまって。」

カウンターの向こうで小声で交わされた2人の会話は千夏と品川には聞こえていない。凪は自分が褒められている事に嬉しくは思っていないようだった。

「こないだの飲み会どうでしたー?俺、仕事で参加できなかったんすよー。」

「えっ!?飲み会??……あー…。楽しかったよー。」

品川の言う飲み会とは千夏が泉と出会った夜に行われた会のことだ。飲み会よりもその後のことがまた頭の中に湧き上がり胸がざわつく。

「えー?なんすか、その言い方。なんかあったんすか?」

品川は周りに同じ会社の社員がいないかキョロキョロ伺いなが興味津々な顔で質問する。

「ナイナイナイナイナイナイっ!なーーーあんもない!」

慌てた様子の千夏をみて『何かあったな』とみた品川は揶揄いながらも真相を聞きたがってアレやこれやとかまってくる。その様子は側から見ればいちゃつくカップルのようだった。

トンっ。

千夏と品川の間に割りいるようにオムライスが置かれた。

「お待たせしました。オムライスです。」

凪は愛想ない態度でお皿を置くと、コッソリ千夏へ『兄からです。』とメモを一枚渡された。

それを見るなり千夏は青ざめる。

「…なぁ、凪ちゃんっていつもあんな感じ?可愛いのに塩対応。」

「…あー、えっ?あぁ、うん。そこも可愛いでしょ?はははっ。ごめん!ちょっと先に会社戻るね!!!まっ、マスターお金ここにおくね!」

千夏は上擦った声を出しながら慌てて鞄から財布を取り出しお金をカウンターへ置くと、何もないところで躓きながら店を出た。

「なんだあいつ?変なやつ。」

品川は首を傾げながら千夏を見送るとオムライスを食べ始めた。







『連絡して。090-xxxx-xxxx 泉より』
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