悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています


 放課後の教室は、ペンキの匂いや賑やかな声で充満していた。私はいつの間にか現場監督のような立場にされていて、クラスメイト達からさまざまな報告を受けている。

「リディア様、こちらの衣装縫い終わりましたわ」
「ありがとう、サンドラ。まぁ素敵! やっぱりレースを足して正解だったわね」
「リディア様! 当日のメニューなんですけれど……」
「こちらのケーキにしましょう。マリアのおうちの方が協力してくださって助かるわ」
「リディア様!」
「どうしたの?」
「ご相談なのですが──」

 文化祭の準備が始まった。クラスごとに出し物をするのは、日本の学校行事のようだ。でも、前世では白い病棟の思い出しかない。こうして準備で忙しくするのは正真正銘、初めてでワクワクする。

 クラスの誰よりも張り切っていたら、いつの間にかクラス代表のような扱いになってしまった。前世でいう「文化祭実行委員」のようなものだろうか。
 初めは面倒だと思っていたけれど、なんとそのお陰でクラスメイトとも普通に会話できるようになった! 横でステラがニコニコしてくれるのも効果的な気もする。可愛いって正義よね。

「リディア様ったら一気に人気者になって。殿下に叱られても知りませんからね」
「人気者じゃないわよ。貴女が横にいるから話しかけやすいだけでしょ?」
「くっ。天然タラシ系悪役令嬢! 嫌いじゃない!」
「ちょっと何言ってるか分からないわ」

 ストーリー上、文化祭は重要なイベントの一つである。ヒロインであるステラがどのルートに分岐するか決まるからだ。文化祭当日、一緒に過ごした相手のルートに進む。文化祭の出店を二人きりで巡り、後夜祭で良い雰囲気になることで、親密度がアップするのである。

 一方で、ゲームではクラスの出し物の内容は描かれていなかった。悪役令嬢から陰湿な嫌がらせを受ける描写はあったけれど。

 私はヒロインと友人になってしまった悪役令嬢なので、文化祭を大いに楽しむことにした。とにかく張り切って準備に取り組んでいる。

 私たちのクラスの出し物は、『仮装喫茶』である。ドレスの名店の娘と王都で人気のカフェを経営する商家の娘もいたので、「まとめてみては?」と提案したところ通ってしまったのだ。

 初めての友人と初めての学園行事。妃教育や公務との両立で忙しさもあるが、私はとても楽しく準備期間を過ごしていた。
 
 クリス様もどうやら多忙を極めているようだ。登下校も最近は一緒にできていない。
 お兄様によれば、先日の大雨による被害で、復興作業の為に被害地域と王都を行ったり来たりしていて、お忙しいのだとか。王太子としての公務をこなしつつ、生徒会長として文化祭の準備もしているらしい。お身体を壊さなければ良いけれど。クリス様とまともに会話したのはいつだったろうか。…………少し寂しい。

 思えば、私が会いに行かなくても、クリス様はいつも私を探して会いにきてくださっていた。会えない時も贈り物や手紙をマメに送ってくださった。
 だがここ数日、クリス様から音沙汰はない。だからといって私から手紙を送っても、ご多忙なのだからご迷惑に違いない。第一何を書いて良いやら分からない。ゲームのシナリオ通りにクリス様がステラへの恋心を自覚したのかもしれない。そのせいで音沙汰が無いのだとしたら、手紙の返事は来ないだろう。何より彼の心変わりを恐れている自分がいて、ひどく臆病になっていた。

 そんな寂しさが余計に文化祭へ力を注ぐ理由になってしまっていた。


 いよいよ文化祭が目前に迫った放課後。仮装喫茶の衣装が仕上がり、こだわり抜いた教室のレイアウトや飾りつけ、宣伝用のチラシとメニュー表が出来上がった。クラスの皆に差し入れと称して当日商品にするカフェのケーキやクッキーを試食していた。ふと気づくとステラがいない。

 私はクラスメイトのサンドラとマリアにステラの行方を聞いてみることにした。

「ステラがどこに行ったか知っている?」
「いいえ。確かに先ほどからお姿がありませんね」
「本当だわ。どこにいらっしゃるのかしら?」
「サンドラ、マリア、ありがとう。少し辺りを探してくるわ」
「私たちもご一緒しましょうか?」
「いいえ結構よ。皆さんでゆっくり味わってくださいね」

 クラスメイトの女子達とは最近上手く話せるようになってきた。男子達は何故か直接話しかけてくることはない。やはりこの釣り上がった目つきの悪さが悪役令嬢感を醸し出していて、怖がらせているのかもしれない。

 ステラを探し歩く。しかしどこへ行っても見当たらない。胸騒ぎがして、あの日、彼女を見かけた裏庭へ足を向けた。

 すると予想通り、ステラの声がした。

「ふふっ。──ったら、心配性ですね」

 鈴を鳴らすような可愛らしい笑い声。誰かと話しているようだ。心臓が嫌な音を立てる。気づかれないようこっそりと覗くと、予想通り、クリス様とステラが二人で話していた。

「……!」

 クリス様はどこか照れたような拗ねたような、あまり見たことのない表情をしていて、揶揄うようにステラが笑いかけている。いつの間にそんなに仲良くなったの……?
 そもそも大雨の被害地域の復興作業で多忙なはず。私に会いに来ることも連絡を寄越すこともせず、ステラとはこうして密会しているなんて。

 以前も二人が裏庭にいるのを目撃した。もしかしたら私の知らないうちに、ステラはクリス様ルートに向かっているのかもしれない。

 私は────。
 底知れぬ黒い感情を押し殺して、しばらくその場に立ち尽くしていた。
< 50 / 67 >

この作品をシェア

pagetop