俺様御曹司のなすがまま、激愛に抱かれる~偽りの婚約者だったのに、甘く娶られました~
 御杖部長との会話は、他の人の目があるときは上司と部下の立場をわきまえたものだけれど、ふたりきりのときは多少の無礼も許される……と思っている。彼も何も言わないので勝手に許してもらっていると解釈しているのだけれど。

 ときどき思うことがある。

 彼はあの日のことをどう思っているのだろうか。普通なら気まずくなり必要以上に話をしない選択肢もあるのに、そんなそぶりもなくむしろ気軽に声をかけてくる。

それは私とのあの夜を後悔していないと暗に示しているようでうれしい……ほっとしている……なんだか複雑な感情だ。

もちろん否定されたらそれはそれで悲しいのだけれど。

「ん? どうかしたのか?」

 大盛のチャーシュー麺を前に、割り箸を割りながら御杖部長が顔を覗き込んでくる。

「いいえ、なんでもないです」

 なんだよ、と笑いながら彼は豪快にラーメンをすすると「うまいな」と感心したように箸を進めている。

「ここ、私のお気に入りなんで本当は教えたくなかったのにな」

「けちけちするなよ。俺とお前の仲だろう」

 それってどういう仲ですか? と聞きそうになってやめた。上司と部下だってわかり切っている。それなのに私は彼からどういう言葉を聞きたかったのだろうか。

 なんでこんなこと考えちゃうんだろう。御杖部長とは出会いがあんなだったから、そんなふうに思うのかな。

 そんなことを考えているとき、ふと目の端でひとりの男性の姿を捉えた。

「あれ、あの人林(はやし)さんだ」

「ん? 誰だそれ」

 私の視線をたどるように、御杖部長も彼の方を見る。

「うちのお客さんです。リンクスでお相手を見つけて半年後に挙式予定です」

「なるほどな、このあたりに住んでいるのか?」

「いいえ、ご住所はこのあたりではなかったはずですけど……でもよく会うんですよ。コンビニとか朝カフェとかスーパーとか。あ、いなくなった」

 説明しているうちに、林さんはいなくなっていた。いつもなら声をかけてくるのに、今日は気が付いていないのかもしれない。

「そんなによく遭遇するのか?」

 話を聞いた御杖部長がいぶかし気に、林さんがいなくなった場所を見ている。

「行動パターンが似てるのかも」
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