俺様御曹司のなすがまま、激愛に抱かれる~偽りの婚約者だったのに、甘く娶られました~
 のんきに将来が約束されたなんて言ってしまって後悔する。それがずっと彼を縛ってきたのに。

「別にいいさ。俺が言いたいのはそこじゃなくて、お前は理不尽に押しつけられた環境でもそこで楽しさややりがいを見つけて前向きにがんばっていて、偉いな……って話だよ」

「そんな。ただがむしゃらなだけです。やるしかないから」

「それができないやつもいるからな。今日の俺の愚痴は聞かなかったことにしてくれ。上司が部下にする話じゃない」

 少し気まずそうにしている御杖部長が新鮮だ。

「別にいいじゃないですか、今は上司と部下じゃないですから」

 彼が着にしているようなので、気を使ってそう告げた。しかしそれが思ってもいない会話の方向に向かう。

「じゃああの日のふたりに戻るか」

 そのセリフに言葉を失った私は、だまったまま目を見開き彼を見つめた。

 あの日がいつのことか、もちろんわかっている。彼はそれを望んでいるのだろうか?

 黙ったままの私の視線を彼が受け止める。その目の中にあるのは普段の彼ではなく、あの日の彼と同じ色のような気がするのは私の勘違いだろうか。

 彼と視線が絡んだのはほんの数秒だった。それを壊したのは、彼のスマートフォンの震動音だ。

彼が渋々といった様子で脱いでいたジャケットの中からスマートフォンを取り出し画面を確認している。

「はぁ、仕事に戻るわ。お前も早く帰れよ」

 一瞬にして先ほどの雰囲気が霧散する。目の前にいるのはいつもの〝御杖部長〟だ。

「あ、はい。お疲れ様です」

 彼がジャケットを羽織ったとき、ふと女性ものの香水の匂いが香る。その事実に胸にぎゅっと押しつぶされたような痛みが走る。

 そのときふと野迫川社長が持ってきていた、お見合い写真の女性の顔が思い浮かぶ。いや、接待だといっていたし、仕事相手が女性というのもありえる。

 そもそも、彼がプライベートで女性と会っていたとしても私に何の関係があるだろうか。

 彼はすでに向こうに歩いていっている。その背中を見て胸が痛むのはどうしてだろうか。

 私も、あの日のふたりに戻りたいと思っているの?

 それは彼を上司ではなく男性とみているということだ。

 もしそうだとしたら、そんな不毛なことあるだろうか。相手は世界的に有名なホテルグループの御曹司、それにまもなくお見合いをして彼の隣に立つべき女性と結婚するだろう。
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