俺様御曹司のなすがまま、激愛に抱かれる~偽りの婚約者だったのに、甘く娶られました~
 彼はゆくゆくヘイムダルを背負う人間だ。経営者側の視線でものごとを捉えるのは当たり前のこと。

 それでも私が近くで見てきた彼は、利益のみを追求するわけでなく顧客の幸せに心を寄り添わせていた。私は何度も近くでそれを見てきた。

 だから私の仕事も応援してくれるんだと思っていたのに。

 冷静に判断した彼が私には無理だと言っているようで悔しい。

 しかし一言くらい彼から話を聞きたかった。企業間の話なので事前には無理でも、彼の口からちゃんと説明してくれればこんなもやもやした気持ちにはならなかったのに。

 それに今日会っていた女性に関しても私は何も聞いていない。野迫川社長を通じて見合いの話は断っているはずだ。それにも拘わらずまだ会っている。どういう理由で?

「はぁ、もう無理」

 話を聞きたいと思うけれど、聞くのが怖い。逃げ出した私に彼を責める権利なんてない。泣いても嘆いても事実は変わらない。今の私はそれをうけいれるしかなかった。


 翌日には私の出向期間の終了が同僚たちに告げられた。

 天川課長も香芝さんも残念だと言ってくれ、香芝さんに至っては目を潤ませてまで惜しんでくれた。

 つられて泣きそうなるのを何とか耐えて、私はふたりに引継ぎを行う。これから残りのひと月はおふたりの補助に入り、顧客への細やかなケアをしていく。

 最後までできることはしたい。それが私を快く受け入れてくれたこのヘイムダルホテルのブライダル事業部への私ができる最後のことだから。

 大輝さんとはあれから社内で数回すれ違ったが、お互い声をかけることなく過ごしている。

 ふたりの間にある距離がどんどん広くなっていくような気がするが、その事実に目を向けることすら、今の私にとってはつらい作業だった。

 数日で順調に引継ぎが終わり、最後の顧客になった。二週間後に式を控えたカップルだ。私が式まで見届けることができる最後のふたりだった。

「こちらの豊川さん小田さんのおふたりは幼馴染なんですよ。えーっとドレスの試着まで終わっています。こちらをレンタルする予定になっていて――あの、どうかしました?」

 天川課長がこれまでとは違い、写真を食い入るように見ている。私の話は耳に入っていないようだ。

「あの……」

「ごめんなさい、飛鳥さん。この新郎の豊川さんの詳細なプロフィールやもっと別の写真あるかしら」
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